著者の〈声〉に耳を澄ます。『戦前生まれの旅する速記者』の話
東京・赤坂の本屋、双子のライオン堂が刊行する『戦前生まれの旅する速記者』の構成・編集を半分担当しました。
大正最後の年(1926年)に生まれ、戦後の日本を速記という生業一筋に歩んできた、フリーランスの速記者・佐々木光子さんの証言をまとめた語り下ろしの1冊です。
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この本のベースになっているのは、双子のライオン堂から2023年2月に上梓された『戦前生まれのある速記者のはなし(序)』です。こちらの本は、店主の竹田信弥さんが聞き手・構成・編集・デザイン・組版・発行までの全部をひとりで担っています。
『序』の内容を第一章として組み込み、新たに第二章を加えることで再構成したのが、完全版とも言える今回の『戦前生まれの旅する速記者』です。
なので、半分は竹田さんが、半分はごーすと書房が原稿に起こした本ということ。1冊の本で、前半と後半を形にした人間が異なるというのは、ちょっと変わっているかもしれません。
第一章は見出しで区切られておらず、シームレスに展開していて、一続きの語り下ろしという体裁になっています。
これは、佐々木さんの話を直に聞き取った竹田さんだからこそ可能な構成だと思います。長い付き合い(佐々木さんと竹田さんは友人関係)のなかで、佐々木さんの語りをどのように起こしていけばその良さを引き出せるのかを、自然と捉えていたのではないかと。
一方で第二章は、細かく見出しが置かれ、話題の転換が明確になっています。
第二章に関しては、第一章に含まれていない聞き取り(佐々木さんと竹田さんのやりとりの録音)をごーすと書房が文字起こしして、その中からボリュームのあるエピソードを選んで配置する構成にしました。
当初、第二章の原稿には見出しを立てていなかったのですが、第一章との差異をつけることを念頭に、テーマ別に節を立てる方向性にシフトしたのだと思います(自分の記憶が曖昧)。
また、第二章は第一章を補完するような立ち位置として、第一章でふれられた話題を深掘りしたり、視点を変えて捉え直したりする構成になるように意識しました。
第一章に関しても、『序』の内容そのままではありません。佐々木さんへの追加の聞き取りを通じて、これまで含まれていなかったエピソードが差し挟まれています。
そのため『序』と今回の完全版を読み比べると、どこが変わったのかが分かります。別の人間が編集体制に加わると、どういった要素が新たに加えられるのか、ひとつの読みどころにしてもらえればと思います(要は、『序』も完全版もどちらも買ってくださいというお願い)。
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そんなことも閑話休題。
この本の主役はもちろん、語り手であり著者の佐々木光子さんです。
『戦前生まれの旅する速記者』は、速記の技術を伝えるというより、速記とともに生きた1人の女性の約1世紀にわたる人生を伝える本になっています。
戦前の日本銀行や戦後間もない時期の新円切り替えの話。いわさきちひろや田中角栄とのエピソード。フランス語を学ぶための語学留学、その後のヨーロッパ旅行で目にした光景、出会った人たちとのやりとりなど。本の中に収められなかったエピソードもたくさんあって、その歩みは驚きと刺激に満ちています。
1970年代から海外旅行を重ねてきた佐々木さんですが、人生そのものを旅してきたという意味で第二章の章題を「旅する速記者」として、それが書名にも使われることになりました。
この本を通じて佐々木さんの「旅」の足跡を楽しんでもらうのもいいし、生業をもった生き方の参考にしてもらうのもいいし、戦前から戦後、さらには現代に至るまでの歴史を感じ取ってもらってもいいと思います。たくさんの読者の手元に届くことを願っています。