あなたには、あなたにしか贈れないものがある。
クリスマスになると、私には二つのミッションが発生する。
一つは、音楽をやる人間としてのミッション。
幼子の生誕を音楽で祝い、家族の絆を再確認するひとときを、音楽で温める。
ちなみに、カナダでクリスマスといえば、もう何をさておき家族の元へ、ぐらいな勢いで、圧倒的に「家族の時間」だ。日本の、ロマンティックな香り漂うクリスマスは、どこにも見当たらない。
だからこそ、もう一つのミッション、音楽療法士としての仕事が生まれる。
家族への想いが、人々の会話からも、街の情景からも、否応なく伝わってきてしまうこの時期。浮き足立ったその雰囲気に、今は亡き人や、離れてしまった人を想い出し、寂しさや切なさに囚われる人もまた、たくさんいる。
音楽療法士としての私は、そういう人たちのそばでクリスマスを過ごす。
というわけで、我が家のクリスマスは例年、イブ当日も母親が夜遅くまで出ずっぱり、サンタは日の出前に慌てて家に滑り込む、という感じになる。
🎄
クリスマスというと、そんな生活のせいで、うちよりも仕事の現場での記憶の方が多い。今日は、数年前のクリスマスイブのことを書いてみようかなと思う。
その日は、認知症の進んだ方々とのグループセッションがあった。
音楽好きでセッションを毎回心待ちにしてくれているパトリック氏が、薬のせいだろうか、始まって10分ぐらいで、急に眠りに落ちてしまった。意外に深い眠りだったので、声はかけず、そのままセッションを続けた。
彼が目を覚ましたのは、セッション終了後。
寝る前の記憶はすっかり飛んでしまったのだろう。楽器を片付けている私を見て、これからセッションが始まると勘違いしたらしい。
私が「また来ますね」と挨拶して去りかけると、ニコニコ顔が急に歪んだ。そして、普段ならあり得ない勢いで、歩行器ごと走り寄ってきた。
「あんたとの音楽の時間を、こんなにも楽しみにしているのに、なんで何もしないで行ってしまうんだい」
溢れ出る、怒りの感情。
混乱。
目から大粒の涙が、こぼれ落ちている。
パトリック氏が眠ってしまったこと、その間にセッションが終わってしまったことを伝えても、引き下がるわけがない。文字通り大泣きしながら、歩行器で私の進路を阻み続ける。
では、別のフロアでのセッションが終わって時間があったら、戻ってきますね。
そう伝えると、何時何分に戻るのかと問い詰めてくる。4時45分に戻ります、という言葉で、ようやく顔が緩んだ。
🔔
そうは言っても、施設のスケジュール上、音楽をやる時間は15分も残っていない。
どうしたものかなと思いつつ、4時45分ギリギリにフロアに戻ると、パトリック氏が廊下の椅子に座っていた。
私の姿が目に入った途端、
「ああ、ほら、みんな音楽の時間だよ」
周りの人たちに声をかけ始める。
セッションが既に終わっていることや、私が戻ってくると言ったことは、もちろん覚えていない。これから45分のセッションが始まると信じて、子供のようにワクワクしているのが見て取れる。
しまった。無間地獄の罠だった(笑)
苦笑しつつも、どこかで、静かに感動している自分がいた。
こんな風に、自分のことを無心で待ってくれる人が、人生に何人いるだろうか。
さあ、ここからだよ。
けるぼん、きみに何ができるかい?
理解されないのを承知で、セッションの部屋は使えないこと、ギターも使えないこと、だからこの廊下でちょっと一緒に口ずさむぐらいしかできないことを、説明する。
そのままおもむろに、膝を叩いてビートを刻み、パトリック氏の好きな歌を歌い始める。
小さな音のはずなのに、あっという間に人が集まってくる。
まあいいか。スタッフも笑って見ているし。
歌おう。みんなで、歌ってしまおう。
たかが膝打ちと歌に、気づけば歩行器や車椅子が10台を超える大きな輪ができていた。スタッフ数人が、横でステップを刻み始める。
そうだよね。クリスマスだもんな。
確かに、私たちみんな、よそ者同士だ。
本当の家族はここにはいない。
でも、この施設で暮らす限り、みんな家族みたいなもんだ。
疑似家族、上等。
みんなで歌って踊って、はじけようぜ。
そんな感じで、気づけばあっという間に15分が過ぎ去り、ふうっと音楽がフェイドアウトした。
その瞬間、パトリック氏が言った。
「あんたが、Drummer Boy だったんだな」
そうだそうだ、あんた、Drummer Boyだよ!
ありがとう、Drummer Boy!
いやもう、最高のビートだったよ。
そんな周囲の声に、笑ってありがとうと応えつつ、では皆さん、よいクリスマスを、とエレベーターに滑り込んだ。
ドアが閉まった瞬間、こらえきれずに涙が出た。
誰が、Drummer Boyだ。
褒めすぎだよ。。。
Pentatonix『Little Dummer Boy』
生まれたばかりの幼子(イエス・キリスト)に、できる限りの贈り物をと、皆がこぞって集まる夜。
そこに、使い古した太鼓だけ持ってやってきた、貧しい小さな男の子が言う。
あなたにふさわしい贈り物を
僕は何一つ用意できないけれど
精一杯、あなたのために演奏します。
その演奏を聴いた幼子は
男の子とその太鼓に
微笑んだ。
それが『Little Drummer Boy』という歌に出てくる、男の子の話。
時に自分の無力さに
打ちのめされることもあるけれど
誰だって必ず持っているはずなんだ。
それで、誰かを助けることができるような
特別な何かを。
そんなことを教えてもらった、自分にとって忘れられない、クリスマスイブの記憶です。
今となっては、魔法だったのではないかと思うような(笑
🥁
Little Drummer Boyのお話は、少し脚色されてではありますが、映画にもなっています。よかったら、どうぞ。
2021年のクリスマスが
皆さんにとって
思い出深いものになりますように。
けるぼん
(プライバシー保護のため、出てくる方の名前は仮名です。内容の詳細も少しずつ現実とは変えてあります)
🔔🔔🔔
この記事は、川ノ森千都子さん企画の「うちのクリスマス」アドベントカレンダー、12/20のものとして書かせていただきました。
毎日noterさんそれぞれのクリスマスが楽しめる、素敵な企画です。千都子さん、ありがとう。
そういえば、この記事のどこが「うちの」クリスマスだったかと言うと…
そうですね(汗
我が家は毎年、手作りのものをクリスマスにプレゼントし合うのですが、見出し画像にあるネックレスと力強い拳が、数年前に次男が私にくれたプレゼントです。
これでなんとか、ギリギリお題に沿えたでしょうか…
昨日は、若葉都さんの、この記事でした。
明日は、たご|あおきえんさんのクリスマスです。
🎁
いろいろあった、2021年。
目一杯頑張った自分を
最後にたっぷりねぎらいませんか。
12月25日(土)夜は
毎月ご好評いただいている
『土曜夜のプレイリスト in Zoom』。
今月のテーマは『ここではない、どこかへ』です。
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🎸
エッセイも書いてます
強くても、強くなくても
トイレで蝶になった話
「大事な人を自分が死に追いやる」恐怖に、これ以上苦しめられないために
🎸
心、体、クリエイティビティ
与えすぎていませんか、あの人に。
やってあげなくても、いいんだよ。
こぼれた涙が種になる。
そのモノサシで、私を測るな。
逆境を笑える人は美しい。
その一挙一足、何一つ無駄じゃないよ。
サメに食われても、メシを作る
どんな猫でも猫はかわいい。ならば。
あなたは、そのままの気高く美しい存在でいてください。
noteがつらくなる前に、読んでほしい話
🎸音楽療法ってなんだろう
#1 音楽療法士って誰?
#2 どんな人が受けるの?
#3 何のため?
#4 それは誤解です
Photo by Engin Akyurt from Pexels
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。いただいたサポートは、難民の妊産婦さんと子供達、そしてLGBTTQQIP2SAAの方々への音楽療法による支援に使わせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。