自分は違う、という思い込み(HSPについて)
自分のnote の記事をスキして頂いた方のおかげで、助けられる事がたくさんありましたが、今回は「HSP」という単語に注目させていただいたJamieさんにものすごく感謝します。
自分がある事柄の当事者だったとき、それに気付くのは結構時間がかかるものだと思いました。
私は以前から「HSP」という言葉を知っていました。でも、自分には当てはまらないと思っていました。なぜなら、自分の傷つきやすさは、自分が弱いせいだと思っていたからです。
それに、いろいろなネットの簡易診断などは、あまり信じてはいけないものだという思い込みもありました。
今、自分がとても傷つきやすいという事を認めることができ、いろいろな事が楽になりました。
昔から、「普通になりたい」という思いを抱いてきました。何か自分の中で、自分は何か、人が普通に出来ることができないという感覚がありました。
いつも、親しくない人といるときは、頑張って「普通」にする事を心がけていました。だから一人でいる事が、この上なく好きです。
自分を「傷つきやすい」と宣言してしまう事は、甘えなのだという偏見を持っていました。
今は、傷つきやすい自分を認める事で、人付き合いや、家族との付き合い方に、戦略を立てる事ができ、悩んで自分を責めてパニックになる事がなくなっていくようにおもいます。
傷つきやすいという事は、裏返すと、良い感情も感じやすくなり、芸術をするにあたり、それがとても有利に働きます。
今までは、自分が比較的「感受性が豊か」である、なんて、奢っているようで堂々と言えませんでしたが、「傷つきやすい」を認める事で、はっきりと、自分の良い所を、自分の強みとして認める事ができました。
ああ、本当に、自らの状態や、経験などをシェアしてくれる方々、それに、ソーシャルメディアに感謝です。
肌感として、とてもたくさんの方が、自分と似たような事で違和感を感じていたようで、それもソーシャルメディアのおかげで拡大し、世界が共有できる価値観の幅が広がる事に、喜びを覚えています。
そんな日曜日。