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品質管理の玉手箱(号外)


今年の1月2日に発生した羽田空港での日本航空(JL516)機と海上保安庁機(JA722A)の衝突事故からもうすぐ1年が経とうとしている12月25日、運輸安全委員会から「海上保安庁所属ボンバルディア式DHC-8-315型JA722A及び 日本航空株式会社所属エアバス式A350-941型JA13XJの 航空事故調査について」と題する経過報告書が公表されました。

筆者も、この事故には、ヒューマンエラーの典型的な事例として、品質管理の側面からも非常に関心を持っていて、事故発生から1週間の間で明らかとなった衝突までの状況(主に、管制塔と航空機間の交信記録と、衝突事故の動画)を基に、次のような書き出しで「自らを疑え」と題した記事を、職場の社内報に掲載しました。

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1月2日17:47に発生した羽田空港での日航機と海上保安庁機の衝突事故に関しては、 この原稿を書いている1月10日現在、本格的な事故調査が始まったばかりで、どんな調査結果が出るのか全く予測はできませんが、私たちの仕事の上でも、事故や不良の発生を予防するための重要なヒントを与えてくれていますので、これまで報道等で明らかになっている範囲から、筆者なりに導き出した"十分に考えられうる仮説のひとつ"としてお話ししたいと思います。
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少し長くなりますが、一部を抜粋して掲載します。

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 さて、今回の事故を教訓として活かす上で最も重要なことは、やはり、海保機が滑走路に進入した経緯です。海保機が滑走路にいなければ事故は起きなかったわけですから、まず、ここを明らかにしない限り事故防止にはつながりません。
(中略)
まず、交信記録では、管制塔からの「停止位置C5に走行して下さい」との指示(17:45:19)に対して、機長が「停止位置C5に向かいます」と復唱(17:45:40)して以降は、進入許可はおろか管制塔と海保機の交信はなく、更に、この交信記録に衝突までの2分51秒間の海保機の動きを捉えた映像を重ね合わせみると、機長が「C5への走行」を復唱した17:45:40は誘導路を走行中で、その後、一度も停止することなく滑走路に進入しています。
 通常であれば、C5まで走行した海保機はそこで一旦停止して管制塔からの次の指示を待つのですが、今回は、このステップが抜け落ちてしまっています。
一体この時、海保機のコックピットで何が起きていたのでしょうか?
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そうです。
この事故の原因を究明し、再発防止に繋げるためには、「海保機のコックピットの中で何があったのか?」「なぜ海保機は、C5(管制塔から指示された停止位置)で止まることなく滑走路に入ったのか?」が一番重要なポイントで、今回の報告書では、海保機のCVR(コックピットボイスレコーダー)から、そこの部分が多少なりとも明らかになっているものと期待していました。

ところが…
公表された報告書(添付資料のCVRの内容も含めて)は、全く期待を裏切るものでした。
確かに、事故に至るまでの経緯や、事故の詳細など、外面(表面)的な情報はとても詳細に記載されていますが、肝心な「海保機が無許可で滑走路に進入するに至った真の要因」は、全く闇の中で、「本気で原因究明する気があるのか?」と疑いたくなるほどです。

これまで、多くの品質不祥事に関する報告書も読んできましたが、民間企業で、1年近くもかけてこの程度の掘り下げしかできていないなんてことは許されないのではないでしょうか?

先の記事の中で、筆者は、この事故の考えられる根本原因として、"集団浅慮"と"権威勾配"の二つをあげています。海保機のコックピットの中で、この二つの何れか、または両方の心理的バイアスが働いたのではないか?
確かに、今回の報告書の中には、"集団浅慮"に陥りやすい海保機クルーの心理状態を示唆する状況も記載されていました。
であれば、もっと、その部分を掘り下げる必要があるのではないでしょうか?

筆者は、前回の記事を、次の様に締めくくりました。

####################################今回の事故に限らず、昨今世間を騒がせている企業の品質不祥事の大半は、集団浅慮か権威勾配のどちらか、あるいは両方が根本にあり、これらは決して個人の問題ではなく、組織不良(組織事故)なのです。
 こうした組織不良に陥らないためには、全てのメンバーが、常に「自らを疑う」姿勢を持ち続けることが大切です。
 もし、海保機のコックピットの中で、一人でも「もう一度管制塔に確認してみよう」と考えていれば、結末は大きく違っていたのではないでしょうか?
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私たちの思い込み(多分こうだろう、そうに違いない…)や願望(こうあって欲しい、こうあるべきだ…)が周囲に多大な影響を及ぼす力を持っていることを忘れず、自分自身に謙虚になって、常に自分自身を冷静に見つめ直す姿勢が、ヒューマンエラーの未然防止に繋がるのです。

注)引用した抜粋記事の中の時刻は、当時メディアで公表された交信記録によるもので、今回の報告書で示されている時刻とは、若干の相違があります。



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