父に殴られ、蹴られ、転校15回の少年がトム・クルーズだった
この夜も、少年は2人の姉妹と母をかばいながら、父から暴力を受けていた。
電気技術者の父は、職場での折り合いも悪く、転勤を繰り返し、トムの転校も15回になっていた。
弱い者を攻撃するこんな男には負けない。絶対強い男になってやると誓った。
トムが中学生になった頃、ようやく離婚。母が子供たちを、暴力夫から引き離した。
母は、特殊学校の教員で、なんとか生活できた。トムは10才の頃から周囲の勧めもあって、映画のオーディションを受けていた。ギャラが入ったとき、デニーズで、家族でご馳走を食べるのが幸せだった。
それから14年、「トップガン」がヒットしたのは、トムが24才の時だった。
翌年、25才のトムは、30才の女優ミミ・ロジャースと結婚した。
トムは、年齢差は気にならなかった。彼が求めていた「強い男」のアルゴリズム(問題解決の手段)を知っているように思えた。これが、なによりも重要だった。
ミミは、新興宗教サイエントロジーの2世信者であり、信者の教育担当の職員だった。
彼女のミッションは、悩みを聞いて心理療法(ポジティブ思考で洗脳)をほどこし、入信させる。
トムは、自分の心に棲む負け犬を追い出す心理療法にハマった。
しかし、ベッドにも家庭教師ミミがいた。トムは、彼女に性的魅力を感じなくなっていた。「僧侶になりたい」と言って、性交渉を拒み、ひたすら彼女の知識を吸収した。
3年で、離婚(1987〜1990)。
慰謝料は、4百万ドル(約6億円)だった。
トムは、デビューから32年間に、結婚を5度、離婚を5度。
出会いも別れも、宗教がらみ。トムのすべての婚姻は、信奉するサイエントロジーに影響を受けていた。
1950年代に、SF作家、ロン・ハバードが創案した宗教がサイエントロジー。
人間の問題は、ほとんどが心の問題であり、そこにメスを入れて治癒をはかる宗教システムがあってもいいと、ハバードは考えた。
宗教をメンタルトレーニングに変えて、科学的アプローチを試みる。ここに、
”サイエントロジー”という宗教名の由来がある。
”人間の魂(精神力)は、不滅であり、人間の皮をかぶった魂が、世代を超えてよみがえっている。教義をまっとうすれば、最強の精神力を持った存在になれる”と、サイエントロジーは、信者を勇気づけている。
専属の修練員によって、ポジティブ思考を魂に注入して、人生をリフォームするのが、信者の修行になる。
ポジティブ思考では、人間の弱さで、目標に届かなかったことは許されない。
しかし、現実は、届かなかったことだらけで、心折れながら、とにかく前に進もうと、もがいているのが、我々の人生。
このギャップを埋めるよう、精神力を強靭化してくれるのがサイエントロジーの科学である。
強者を求めたトムの志向にぴったり合っていた。
一方、”最強”を達成するための、厳しい戒律もある。目標達成のためには、肉親であろうが、夫婦、親友の関係を断つことも辞さない。恐ろしい宗教と言われるゆえんだ。
これら、マンツーマンの修練には、多額のお礼が必要。
信者のヒエラルキーを昇って神に近づくたびに、お金を払う。ハリウッドでも
トップランクの俳優しか払えない高額の修練費になる。
宗教をビジネスにしている。”カルト教団”と認定された理由でもある。
28才のトムの2度目の結婚相手は、ニコール・キッドマン。
1990年12月クリスマスイブに結婚。
直後の子宮外妊娠の不運があったが、二人で乗り切った。
まだこの頃は、トムは、サイエントロジーの研鑽にはげみ、彼女は、カトリック信者としてお互いの信仰の自由を尊重した。
10年間、子宝に恵まれなかったが、仕事には恵まれた。
「インタビュー・ウイズ・バンパイア」「M:I(ミッション・インポッシブル)」「アイズ・ワイド・シャット」など、話題作が、つぎつぎにオファーされた。
彼女との結婚前には「トップガン」「ハスラー2」「7月4日に生まれて」などの実績もあり、1999年ごろには、仕事の頂点を極めていた。
これだけ売れっ子になると、教団へ行く時間も取れなくなる。今や、名誉も地位も富も得ている。これ以上”最強”になる必要があるのかとも思った。サイエントロジーを学ぶ意欲も薄れてきた。信者ヒエラルキーの踊り場で、トムは立ち止まっていた。
一方、教団にとっては、広告塔に逃げられるのは大きなダメージになる。
「我々は、サイエントロジーの”奥義”を、あなたに授ける決定をした。これは、信者として至高の栄誉だ。これからは、信徒を導いてほしい」と教団役員のマーク・ラスバンが、トムに申し入れた。
さらに「2組の信者から捧げられた養子を授かってほしい」と、望外の提案があった。子宝に恵まれなかたクルーズ夫妻は、エリート信者の特権を甘受した。
しかし、”サイエントロジー理想のカップルと子供たち誕生”とはいかなかった。
妻のニコールは依然としてカトリック教徒のままだった。
教団は怒りの決断「目的達成をはばむ障壁があれば、肉親、夫婦でも関係を断つ」戒律を下した(1990〜2001)。
ニコールから「私が幼かったから」と離婚理由を発表させ、2日後に「修復不可能な違いがあった」とトムからも発表させた。ニコールは親権を放棄、トムの母が親代わりになった。
3番目の結婚は、映画で共演したペネロペ・クルス。
スペイン生まれ、NYでバレー留学、15才の時にタレントにスカウトされた妖精には、厳しいサイエントロジーはまったく合わなかった。
ペネロペは、間違ったバスに乗っていることに気づいた。
そして、離婚(2001〜2004)。
3度の離婚で、サイエントロジーが立ち上がった。
トムの最良の伴侶を選ぶプロジェクトを立ち上げた。
幼い女性、軽率な女性は、こりごりだ。知的な女性を探そうということになった。
教団は信者の中から厳しいオーディションを実施。イラン系英国女優のナザニン・ボニアーディを選考した。
しかし、恋は、企画書や会議室では生まれなかった。
賢明なナザニンは、スーパースターとの結婚を冷静に受け止めていた。
教団の命令に盲従し、自分を失っているトムを、”白人奴隷”だと思った。
彼女は、トムと別れ、サイエントロジーを去った。
彼女が指摘した”白人奴隷”こそ、宗教依存症になり、呪縛されていたトムの欠陥を捉えている。
2006年、44才のトムは初めての子供を身ごもってくれたケイティ・ホームズと5度目の結婚をする。
彼女は、サイエントロジー信者になることを約束して、結ばれた。
サイエントロジーのカップルは、2度結婚式を挙げることになる。1度目は戸籍上公認されるためにキリスト教会、2度目はサイエントロジー承認の本部で挙式。
サイエントロジー会長が媒酌人として参列。出席者には、ヴィクトリア&デイビッド・ベッカム夫婦、信者のジョン・トラボルタ夫婦などハリウッド著名人も招待された。
しかし、ケイティが、娘をサイエントロジー信者にしたくないと思った瞬間、教団の処罰対象になり、離婚へ(2006〜2012)。
結婚6年、2日後、トムから離婚届が出された。娘スリの親権は、ケイティが離さなかった。
トムがスリを教団に連れて行こうとする怪しい動きがあったとき、母ケイティは、娘の姓のクルーズを変えてスリ・ホームズに改名させた。
今や、トムは、妻を絶縁された宗教のリーダー、そして奴隷になっている。
「サイエントロジーの信者になれば、心理療法士なんて全く必要ない」宣教師トムの過激な発言は、批判を浴びた。
彼の信者獲得の動きは、デイビッド・ベッカム夫妻、ウイル・スミス、スティーブン・スピルバーグ、ブルック・シールズにまで及んでいる。
ブルック・シールズには「クルーズは、火星人から地球を守ってればいい」と馬鹿にされた。
「トムの肉体演技は傑出している。私のように床を転げ回っている役者とは大違いだ」ハリソン・フォードは、トムを評価。
しかし、彼とは距離を置いている。
62才のトムの最近の恋人は、プーチンの取り巻きの政商と離婚した25才年下の
ロシア人女性。”ミッション・インポッシブル”にでも挑んでいるのか。
父に勝つために強くなりたかった。それだけの願望だったのに、トムは遠くへ来すぎた。
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