88才は老人ホームより旅を選んだ
<ムービージュークボックス19>
その昔、「日本人とユダヤ人」(山本七平著)という本があった。
「日本人は人間の形をした神しか想像できない。キリスト教の”神の概念”を理解できない」ということで、論争を起こしたので、覚えておられる方も多いと思う。
日本人は、未知のもの、神に対する寛容さを持っている。触らぬ神にたたりなしと、深く考えることをこばみ、仏教も神道も受容し、多神教でもある。仏教の悟りを拓いた釈迦が神に近づいた存在で、如来、菩薩が続く。神道では山や狐が、神たりえる。論理ではなく感性の国に住んでいる。
そこで思うのが、アウシュヴィッツを体験した論理的なユダヤ人が、”救ってくれなかった神”の存在をどう思っているのか、信じているのか、疑問を持っていた。
迷路の答えは、”神は試練を与えたまう”だろう。
そして、”神の使徒キリストが、ユダヤ人”という永遠の矛盾を受け入れている。
これ以上ない最悪の試練を経たユダヤ人は、リスクを損失にしない保険や、自分は働かないで、お金に働かせる金融業を発明した民族になった。自分達の子孫への教育投資を惜しまず、名門校を卒業させ、富裕層を構成している。
富裕層になれなかったユダヤ人は、組みやすしと迫害される。昔のフロリダの州境には、「ユダヤ人、犬は入るな」という看板が立っていた。
スピルバーグは、学校時代は友達のようにファーストネームで呼ばれず、ユダヤ人の代表的姓”スピルバーグ!”と呼ばれ、差別されているのがわかったと話している。
ユダヤ人の不屈の精神を思わせる映画「家へ帰ろうthe last suit(2017)」があります。
ポーランドからアルゼンチンに移民、仕立て屋として成功したアブラハムは、妻に先立たれ、余生を豊かな老人ホームで過ごすことになっていた。
アブラハムは、老人ホームの部屋に飾る晴れやかな写真が欲しかった。
たくさんの孫に囲まれた記念写真を撮りたいと思った。
ところが、お気に入りの孫娘が、お爺ちゃんと一緒の写真なんて嫌だと言い出した。
お爺ちゃんは、孫娘と交渉に入った。
「何が欲しいんだ。なんでも買ってやる」
「アイフォン7がほしい」
「いくらだ?」
「マイアミで、1,000ドル」
「400ドルやるから、あとは、お母さんに頼め」
孫娘は、首を横にふった
「じゃあ、600ドルだ」
まだ、不満そうな顔
「よし、800ドルで、どうだ!」
「写真、撮っていいよ」と笑顔を見せた
「お前は、損したな。本当は、1,000ドル出してやろうと思っていたのに」
「本当の金額は600ドルで、200ドルは私のお小遣いになるから、いいの」
孫娘がすました顔で言った。
「そんな賢いお前が好きだよ」と孫娘を抱きしめた。
しかし、老人ホームに持っていく記念写真より、重要なことが起きる。
ハンガーにかかったスーツを見たとたん、背筋に電気が走った。
アウシュヴィッツから逃げ帰ったときに、命を救ってくれた恩人のために
仕立てた約束のスーツだ。
ナチスに痛めつけられた脚は、老人ホームに入る前に切断すると告げられていたくらい悪化している。しかし、まだ、脚がある。恩人に会わなければと思った。
88歳で生まれ故郷へ行くことは、2度とアルゼンチンへ戻ってこれないことを意味していた。
男にとって、最期の旅になる。親族に財産をすべて譲り渡した。
感謝の言葉はなく「お爺ちゃん、初めていいことしたね」と親戚は言った。
アルゼンチンからポーランドへ。
その夜のポーランド便はなく、スペイン便しかなかった。そこからポーランドに行けばいいと思った。
マドリッドに着いて、疲れたので一泊することに決めた。安そうなホテルを見つけ、疲れたような老女が座っているフロントへ近づいていった。
「マドモアゼル!」
「私の年齢では、マドモアゼルじゃないわよ」
「年齢がわからない時は、とりあえずマドモアゼルがいいと聞いた」
「実は、アルゼンチンから50人のツアーを連れてくる予定だが、一泊いくらだ?」
「15ユーロよ」
「今日は、私一人だが、15ユーロと言ったよな」
「50人ならね。一人なら50ユーロ」
ユダヤ人に負けないジプシー上がりの女主人がいた。
いろいろあったが、男にとってトラウマのドイツを列車で通過するとき、発作を
起こし、気が付いたら、目的地のポーランドの病院だった。
看護師が彼の顔をのぞき込みながら言った「あなたの仮死状態の脚を切断すべきか、担当医が、医師団と戦って、切らないで済みそうな確率が1%でもあれば、残すべきだという主張を通してくれたのよ」。
「友に会うために、私にはこの脚が必要だ」。
「私の育ったウッチまで送ってほしい」と、看護師に嘆願した。
100キロ離れていたが、看護師は承諾した。
彼の旧家に着いたが、ひとりの疲れた表情の男がいただけだった。やっぱり引っ越したのかなと思ったそのとき、その男が、アブラハムに気が付いた。
玄関に飛び出してきた男が、アブラハムを強く抱擁した。
「別れるとき、あなたに型紙をもらったろ。僕が最後に仕立てた約束のスーツだ」ふたりは泣き崩れた。
アブラハムの73年前の旧家に向かって、「家へ帰ろう」と友は言った。
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