彼女にとって、指揮棒は鞭だった
<バーアテンダント16>
「音から音へ、100万の言葉なく、人の心を動かすのが、音楽」
指揮者レナード・バーンスタインの言葉に共鳴する。
バーンスタインの指揮は、誇張が過ぎると批判されていたが、聴き比べるとよくわかる。メリハリが効いていて誘い込まれるように、感情移入させられる。
指揮者は、”メトロノーム”代わりだと言われていたなかで、バーンスタインの指揮が評価される理由だという。
まさに、楽曲の解釈こそ、指揮者の仕事である。
しかし、交響楽団では、第一ヴァイオリンが、指揮者の代わりをしていた昔には、指揮台すらなかった。
17世紀、バロック音楽のフランス人作曲家ジャン=バティスト・リュリが、そばにあった杖を使って指揮したのが、始まりとされているそうだ。
マーラーの交響曲第5番は、妻アルマにささげられたとの理解から、どういう解釈を加えるか奮闘していた指揮者、リンディア・ター(ケイト・ブランシェット)が、映画「ターTAR(2022)」に描かれている。
ターは、天才だった。首席指揮者のターは、客員指揮者を差別していた。そして、”才能のない人間と付き合う時間はない”と、猛烈な勢いで駆逐していった。
ターは、指揮棒を鞭に変えて戦っていた。
ターは、ベルリン交響楽団の首席指揮者であり、ジュリアード音楽院指揮科でも教えていた。
ある日、バイセクシャルのインド系学生に対して、バッハについて論争していた。
「バッハは、男尊女卑の白人だから、楽曲を指揮したいと思わない」と答えた
学生に対し「私は、レズビアンだけど、バッハを尊敬する。バッハには謙虚さもある」と反論し、指揮科を退学させた。学生は、楽譜を投げつけ、退場した。その後、学生は自殺。そして、自死は、パワハラとSNSで訴えられることになる。
その頃から、ターの足もとは、すでに崩壊し始めていた。
ベルリンフィルのコンサートマスターであり、レズビアンの妻と離婚し、養女との面会を拒絶されていた。「あなたが困っているときに、妻の私になんの相談もしてくれなかった。あなたにとって、私は存在していなかった」と言って、ターから
去った。
また、SNSのスキャンダルが、ターを追撃し、ベルリンフィルから首席指揮者を
解任される。
マーラーの交響曲第5番のコンサート演奏には、アシスタント指揮者が、ターの
解釈で指揮するのに怒りをおさえきれず、会場に乱入し、音楽界から追放された。
ある日、ターは、フィリピンのコスプレファン向けの、ゲーム音楽の
コンサート指揮者になっていた。
時計を過去に戻しても、ターは人にふるまうべき「やさしさ」という大きな忘れ物に気づかない天才かも知れない。
人を思いやっていると、速く走れない。しかし、思いやるやさしさがなければ、
人生を走る資格はないと、この映画が教えてくれた。
<映画好きのトリビア>
⭐️ケイト・ブランシェットを想定して脚本は、書かれた。「彼女が出演してくれなかったら、この映画は存在しなかった」とまで、監督兼脚本家トッド・フィールド言った
⭐️アカデミー賞:最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀女優賞などにノミネート
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