きれいな女は、本気で男を愛せない
<ムービージュークボックス23>
女は、もっといい男が自分の前に現れると、いつも思っていた。
そして、そのようになってきた。しかし、その運も終わるときがくる。
迷惑な女の話。映画「The Past(過去の行方)2013」。カンヌ映画祭ノミネート、イラン人監督(アスガル・ファルハーディー)フランス/イタリア/イラン合作。カンヌ映画祭主演女優賞(ベレニス・ベジョ)、アカデミー賞の最優秀外国語フィルムにも選ばれた。受賞歴を見ても、単なる恋愛映画ではないようだ。
マリーには、3度のお試しの事実婚を通じて、2人の娘がいた。
4度目は、連れ子をうけ入れてくれたイラン・レストランの料理人アマッドと
結婚する。やさしい、子供の面倒をまめに見てくれるし、料理はお手のもの。
でも、この他人の子供を愛してくれる男がつくる小さな幸せは、自分にふさわしいのかと思ったとき、幸せはしぼんだ。
スープが冷めたら、誰にでもわかる。アマッドは、外へ出かけて戻って
来なかった。
夫の行き先は、レストランの主人に聞けばわかると思い、その夜、彼女は枕に顔を
うずめて、そのまま眠った。
朝起きたら、いやおうなく2人の娘のシングルマザーになっていた。
去った男は、追わない。薬剤師のマリーは、もてる。
5度目は、既婚の男サミール。妻の抗うつ薬を買いに来るので、少し気になった
男だ。彼女のうつ症状を聞いて、調剤もした。マリーは、サミールが経営している洗濯屋の行きつけになった。
妻をいたわり、仕事をテキパキこなすサミールのようなたくましい男を奪いたくなった。
サミールは、病気の妻を治してやりたいと思っていたが、嫉妬されることもない
1本のキャンドルのような愛に物足りなさを感じていた。
ふさぎ込んでいる妻よりも、ひまわりのような女にひかれていったのは、
こうしがたい流れだった。
マリーは、サミールの子を宿し、略奪婚をくわだてる。
一方、サミールの妻は、夫の変化に気づく。夫に問いただせばよかったが、
病気のせいか、どうしても悪い方へ考えてしまう。
サミールは、不法滞在の女性を、普通のフランス人並みの給料で雇っている。
おかしい。二人の関係は普通じゃないと、妻は邪推した。
妻は、気分を変えるために、お店を手伝うと言って、女を見張った。
洗濯物のシミで、客ともめたとき、妻が警察を呼んだ。駆けつけた夫は、女店員のために、店の全額負担にして、不法滞在者を摘発する警察を遠ざけた。
夫は、女店員を守った。妻ではなかった。
数日後、彼女の前で洗剤を飲んで、店で自殺をはかる。救急車を呼んだが、
妻は意識を失い、全身不随になった。
人の不幸を超えてやってくる自分の幸せもある。マリーの5度目の結婚が近づいた。
しかし、黙って去ったイラン人の離婚届がないと、5度目はありえない。
アマッドをイランから呼び寄せる。
アマッドは、義理の娘たちに会えることを楽しみに、イランからやって来た。
離婚届のサインは、おまけだった。
マリーの望みどおり離婚は成立。しかし、彼女は、黙って家出したアマッドを
許さず厳しくあたった。
家出の理由をアマッドが話そうとしたら「過去のことは、どうでもいいの」と、
マリーは言葉をさえぎった。過去の行方からすべてが起きていたのに、耳をふさいだ。マリーは、今の混沌が、その答えであることを、誰よりも知っていた。
サミールにとって、普通の夫婦の言いあらそいには見えなかった。
4年別れていてもケンカしている。まだ二人の関係は終わってないと思った。
また、サミールにとって意外だったのは、嫉妬もしてくれない冷たい妻だと思っていた彼女が、夫の愛人と思った相手の前で、自殺を図ったことに、強いショックを受けていた。
サミールは、自分の間違いに気がついた。
サミールは、マリーの妊娠は二人の合意ではない。だから、お腹の子供を堕ろすように言った。そして、妻の看病に戻ると言って、別れた。
「人間の感覚器官の中で、臭覚は最後まで生きている感覚だ」と医者が言っていたことを、サミールは思い出した。
家に帰り、自分が使っていた香水瓶を箱に入れ、妻のベッドサイドに持ち込んだ。自分の首筋にコロンをふりかけ、匂えるように妻の顔に近づいた。キャンドルの火が、ふっと揺らぐようなことを願い、彼女の指に手を添えた。