MMT(現代貨幣理論)の死角【7】
2023年の始まりである。新年を迎えると、どこか神聖で清々しい気分になる。このテーマ以外でも書き溜めていることがあるのだが、一年の計は元旦にありとも言うから、優先順位を考えながら、少しずつでもアウトプットしていくことにしよう。
この3か月余りで、日本を取り巻く経済情勢は目まぐるしく変わった。全体像を押さえたうえで、この情勢から気が付いたMMTの死角を述べてみたい。
■情勢の変化を概観する
まずは前回の投稿以降の振り返りをしてみよう。
昨年9月22日、政府・日銀が円買いドル売りの為替介入を実施したが、円高ドル安に振れたのは一時的で、直後からすぐに円が売られはじめた。日銀の低金利・金融緩和策への警戒感が根強いことを示しているように思えた。
その後も、FRBが大幅利上げ継続・金融引き締めを進めるとの見方から円安ドル高傾向が続き、10月12日の外国為替市場では1ドル146円後半、14日には32年ぶりの円安となる148円台後半を付け、市場関係者からは日米金利差だけではなく、日本の国力・産業力への懸念が聞かれはじめた。
ウクライナ情勢やコロナ禍に発するエネルギーや食料品の供給量不足から来るコストプッシュインフレは、米国や一部を除く欧州などの先進国も日本と変わらないが、本質的に日本が異なるのは、デフレ体質を抱えた状態でコストプッシュ型になっていることである。米国や一部を除く欧州などが実質賃金の上昇を伴うディマンドプル体質であることに対して、事実上のスタグフレーションに突入したといってもよい状況だ。従って、前回も述べたように、緊急避難的に金利を上げて引き締めないとならない。
にもかかわらず、黒田日銀総裁は、「コスト高は来年度は低下する」という理由で頑として金利を引き上げようとしなかった。これは言い換えれば、「ウクライナ戦争やコロナ禍による供給量不足が来年には収まるから、仮に円安基調が続いたとしても、為替要因でコストプッシュは続かない」と言っているに等しく、全くいい加減なことを言っていると思った。
事実、その後も金利が高いドルを買う動きが続き、円が売られ続け、財務省の神田真人財務官のけん制発言も空しく円安が続いた。鈴木俊一財務相までもが「断固たる措置を取る」と言ったにもかかわらず、黒田日銀総裁が緩和姿勢を崩さないせいか円は売られ続け、18日には149円台前半、20日には遂に150円台を付けた。
この間の黒田日銀総裁の姿勢は、まるで戦略・戦術の失敗を認めず国民に塗炭の苦しみを舐めさせ、自分たちはぬくぬくと戦地から逃れる一方で多くの若者を戦地へと追いやり、命を奪い、敗戦の惨禍を招いた旧・日本軍上層部のようだ。
このとき神田真人財務官が「円買いの原資が『無限にある』」とコメントしたのも解せなかった。通常、外貨準備が原資になるはずだが、何をもって「無限」と言っているのか。FRBの輪転機を無限に回していくらでもドルを融通できるのか。それほど荒唐無稽な印象を受けた。
スタグフレーションの状況において円安ドル高が進むと、輸入に必要なドルが買われ続けるといった負のスパイラルに陥る危険がある。為替リスクによって、経済への打撃が国内の企業や家計では収まりきらない規模に発展するのだ。
この直後の22日、政府・日銀は再び円買い介入を実施。21日の1ドル151円台から146円台へ、24日には145円台へ急騰した。ただ、このときすでに円ドル相場は乱高下をしており、依然として日米金利差に対するマーケットの反応は根強かったと見るべきだろう。しかし、28日の金融政策決定会合で日銀は、長期金利を低水準のまま抑える緩和継続を決定。黒田日銀総裁はこの期に及んでもなお、政策変更を否定していた。
しかし、FRBが11月2日、政策金利の誘導目標を0.75%引き上げることを決定した直後から潮目が変わり、11日には138円台後半まで急騰した。おそらく円ドルを売買する市場関係者は、ここで利上げによる打撃懸念などといった何らかのリスクを感じ取ったのだろう。円が買い戻されてきた。危機感を抱いたのか、パウエル議長は30日の講演で、利上げペースの減速に言及。だが、円買いが続き、12月1日は1ドル135円を付けた。それでもまだ、日米金利差への警戒感は根強かったのか、再び円安ドル高基調に戻りかけた。
この間、日米金融当局はギリギリのせめぎ合いで、緊張状態の高まりによるプレッシャーは相当なものだったろう。物価高の影響がこれ以上無視できないと判断したに違いない。そして遂に日銀は12月20の金融政策決定会合で、長期金利を0.5%程度へ引き上げることを決定した。
これは、イールドカーブコントロールに幅を持たせて為替リスクを軽減させる狙いがあるのだろうが、黒田日銀総裁は「金利曲線のゆがみを是正し、企業金融にによくない影響が出ないように」するといった表現をした。「緩和効果がより円滑に波及することを考えた」とし、緩和方針を崩していないようなレトリックを用いていたが、大手行は住宅ローンの固定金利を引き上げ、直後から1ドル132円台の円高水準を付けるなど、金融市場は事実上の大規模緩和修正と受け止め、結果的な利上げにつながっている。
これにより、日米金利差が縮小して為替リスクの軽減やスタグフレーションからの改善効果が期待できる一方で、これから住宅ローンを組もうとしている家計や中小企業を中心とした企業金融への負担増も考えないとならない。その意味では、緊急避難的な措置に過ぎず、少子高齢化対策や成長産業育成などの的確な財政政策を実施して実体経済を活性化し、実質賃金の上昇を伴う、ディマンドプルで適度なインフレを目指すのが本筋であることに変わりはない。
なお、エネルギー価格の高騰については、イギリスは日本の比ではないらしい。ウクライナ戦争の影響に加え、「英ポンドもドルやユーロに対して、大きく下げている」ことが原因のようだが、この約30年来の実質賃金推移の差は大きいだろう。言うまでもなく、イギリスは上昇傾向であったのに対して、日本はほぼ変わっていない。辛うじて持ちこたえているのは、円の国際評価の表れだろうか。
■MMT(現代貨幣理論)を円の価値から考える
結論から述べると、日本の国債は自国通貨建てだからこそ国債≒円の関係にあり、利払いや償還ができなくても借り換えができるなら、それを繰り返すほど円の国際的な評価や価値が低下するのではないか、ということである。MMT論者が主張するインフレ率の範囲であったとしても。
これはどういうことか。長年にわたり新規国債残高は右肩上がりの状況が続いているが、とりわけ約10年前に大規模緩和を始めてから、日銀の国債保有比率の増加が著しい。その割合はいまや大規模緩和前の4倍とも「5.7倍(12月20日付 東京新聞)」とも言われる。
当然、これだけの規模を日銀が抱え込む形になると、円建てである以上、円の対外的な信用に関係してくるのではないか。デフォルトを回避するために、円が裏付けとして信用を担保していると思われるからである。一般的に、円建て債券は「購入時の支払い」「利金・償還金の受取り」ともに円で行われている。となると、日銀で国債の保有割合が増え続ければ、B/S貸借上ハイパーインフレが起きないとしても、実際のところ裏付けとしての円の発行は増え続けるわけだし、利払いや償還ができなくてもその都度借り換えをして抱え込みを続けるということは、さらなる円の発行残高の膨張を意味する。
これはとりもなおさず、金融市場や為替相場を通じて一種のシグナルとなり、円の信任が低下するという事態にならないのだろうか。この3か月余りの日米金利差・為替相場の駆け引きを振り返ると、円の価値は究極的には日本の国力・産業力に裏付けられていると感じつつ、日米金融当局の緩和・引き締めに対する観測によって、マーケットが敏感に反応することも分かった。すなわち、ひとたび大きく円安に振れれば、それに裏付けられている日本国債も価値を毀損することになるのではないかということである。逆もまたしかりで、保有割合の増加を裏付ける円が増えれば負のメッセージとして市場関係者に受け取られ、MMTの信憑性如何によっては、円が売り払われ続けて保有国債の価値が暴落するという事態もあり得るのではないか。
こう考えると、日銀が大量に国債を抱え込み続ける状況は大きなリスクがあり、円の為替相場の観点から言っても、MMT論者が主張する円建て国債無限発行論は、全くのナンセンスに思えてくる。