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探究学習の"過去"と"未来"の研究


自己紹介

こんにちは、株式会社クアリアのCEOを務めている平田です。私は、探究学習フィードバックシステム「Qareer」を運営しながら、大学で研究活動を行っています。現在、慶應義塾大学環境情報学部(SFC)の3年生で、計量経済学の研究会に所属し、「総合的な学習の時間」「総合的な探究の時間」の効果を定量的に測定しています。

さて、いきなりですが、教育業界ではデータに基づく議論が少ないと感じています。特に、最近必修化された「総合的な探究の時間」については、定性的な評価はあるものの、定量的な分析がほとんど存在しないのではないでしょうか。もし各々の取り組みが定量的に効果的か、または非効率的かが明らかになれば、探究学習のカリキュラムや指導方法に具体的な指針を示せるでしょう。(参考になるデータが少しでもあれば、教員の方々にとっても有益だと考えています。)

私が取り組んだ最新の研究は、「授業時数特例校制度を活用して探究的な学びの時間を増やした学校における、学力及び非認知能力への影響」です。私自身、様々な学びを得たので、本記事ではその研究から得られた知見を皆さんに共有したいと思います。

探究学習の過去

2022年度から高等学校で「総合的な探究の時間」が必修化され、探究学習は広く認知されるようになりました。気になるのは、なぜ探究学習がここまで発展してきたのかという点です。「過去から学べ」という言葉は多くの偉人が口にしてきました。そこで、今回は探究学習の発展の歴史を簡潔に振り返ってみましょう。少し飛躍する部分があるかもしれませんが、ご了承ください。

1969年、中学校の学習指導要領に「探究」が登場

日本で初めて「探究」という言葉が理科の学習指導要領に記載されたのは、1969年のことです。ここで重要なのは、「探究」という概念が理科の学習指導要領から始まったという点です。現在では探究学習が社会問題に関するものとして語られることが多いですが、当初は主に科学の分野で語られていました。

では、なぜ理科で「探究」という言葉が登場したのでしょうか。

スプートニク・ショックと教育の現代化

日本の教育は、GHQの占領下で戦後アメリカの影響を大きく受けました。当時、アメリカの教育界を席巻していたのは、ジョン・デューイに代表される進歩主義教育です。日本もその影響を受け、生活体験を重視する教育が進められていました。特に、新設された社会科では、デューイの問題解決型学習を実践する場として重要視されていました。

そんな中、アメリカに大きな衝撃を与えたのが、ソ連による人類初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げ成功です。この出来事は、アメリカにおける科学技術教育の重要性を強く認識させ、教育の現代化というパラダイムシフトを引き起こしました。この現代化を推進した代表的な一人がブルーナーであり、彼は発見学習を提唱しました。ここで注目すべき点は、子どもの興味・関心を重視するか、学習内容の分量を重視するかという二項対立が生じなかったことです。ブルーナーは、子どもの興味・関心を喚起しながら、同時に学習内容の分量も確保することを目指しました。これは、物理学や工学といった高度な学問の習得には高いレディネスが必要だと考えられていたためです。
ちなみに、デューイの進歩主義教育には、子どもが興味を示さない分野は学習されにくいという側面があり、その点で批判を受けていました。

このような潮流が日本にも影響し、前述の通り、1969年の中学校の理科の学習指導要領に初めて「探究」という言葉が登場しました。学習指導要領では、「探究の過程」として、問題の発見、観察、実験、推論などが示されており、これらはブルーナーの提唱した「興味・関心と学習内容の分量の両立」を反映しています。

総合的な学習の時間の登場

さて、1998年に小学校と中学校の学習指導要領が改訂され、「総合的な学習の時間」が正式に導入されました。興味深い点は、この指導要領には「探究活動」とともに「問題解決」というキーワードが見られることです。ここでの問題解決は、社会的な問題を指しており、生活体験を重視する進歩主義教育の影響を受けています。ジョン・デューイが提唱した問題解決型学習が反映されており、これまで話してきた社会科の延長線上に「総合的な学習の時間」が位置づけられていることがわかります。

これまでの記載をまとめると、日本の「総合的な学習の時間」は、理数的な探究活動と社会科的な問題解決が共存していることが特徴です。さらに、横断的・総合的な学習として、複数教科を統合する「合科教育」の思想も含まれています。

その後、「ゆとり教育」として批判を受け、授業時間が減少したこともありましたが、スーパーサイエンスハイスクール (SSH) の成功や、詰め込み型教育への批判、そして世界的な探究学習の潮流を背景に、探究学習は次第に拡大していったと捉えることができるでしょう。

日本の探究学習

今後の探究について語る際、私がここまで歴史を簡単に振り返った理由は、日本の探究が独自の形で発展してきたことを強調するためです。たとえば、理数探究的なSSH(スーパーサイエンスハイスクール)と社会問題的探究なSGH(スーパーグローバルハイスクール)が、共に「探究」という言葉で表現されていることがわかりやすい例です。

海外と日本の探究学習

私は、何か活動を行う際にはその分野の先行研究を確認します。先行研究は先人たちの知恵が凝縮されたものであり、それを参考にしない理由はないからです。一方で、この探究については注意が必要です。それは、日本の探究は独自の発展を遂げており、海外の先行研究と単純に同一視することができないからです。

では、日本で独自の発展を遂げてきた探究学習に相当するものは、海外では何と呼ばれているのでしょうか。

総合的な学習や探究の時間と類似した海外の研究をレビューした結果、私は三つの学習法に分類できると結論づけました。それが、Problem Based Learning(問題解決型学習)、Project Based Learning(プロジェクト型学習)、そして Inquiry Based Learning(探究型学習)です。以下の図は、私が考える「総合的な学習の時間(総合的な探究の時間)」とこれら三つの学習法の関係を示しています。日本独自に発展した「総合的な学習の時間(総合的な探究の時間)」は、これら三つの学習法を包含する位置にあると考えられます。*概念的に近しいものとして分類しています

 平田 作 : 総合的な学習の時間 (探究の時間) の理解

この考え方をもとに、私はそれぞれについて経済学的手法を用いて因果推論を行い、評価されている論文を調査しました。特に、分析手法の信頼性が高い論文を列挙すると、以下のようになります。

平田 作:問題解決型学習、プロジェクト型学習、探究型学習が学力および非認知能力に与える影響

これらの研究から言えることは、問題解決型学習、プロジェクト型学習、探究型学習の教育効果に関する一貫した見解は存在しないということです。例えば、年齢によって効果が異なることは認識されていますが、どの年齢層に最も効果的であるかについては依然として議論が分かれています。自己効力感や自制心に効果があると主張する論文もいくつか存在しますが、その大半が定性的であり、定量的または因果推論的な観点で語られるものはほとんど見られません。

この結果が一貫しない理由の一つとして、私は、調査環境や介入された生徒の資質・能力によって結果が大きく変わる点が挙げられると考えています。そのため全ての結果を応用することはできません。しかし、参考にできる点もいくつかあります。たとえば、従来の理数系の探究的な教育法は、成績向上の観点では効果的ではないとされていますが、現在日本で議論されている「探究」に関しては、その効果に関して意見が分かれています。

では、今何をすべきでしょうか?私は、いくつかの理論を基盤として実践を行い、そのデータを収集・検証することが重要だと考えています。

探究学習の未来

これまで述べてきたように、日本の探究学習は独自の発展を遂げており、それゆえに先行研究がほとんど存在しません。そのような状況下で、学校や教区関係者は探究学習をどのように捉え、どのように取り組むべきかが問われています

その上で、私は、これからの探究学習のキーワードとして「自己効力感」が挙げられると考えています。

自己効力感とは「自己効力感」(self-efficacy)は心理学用語の一つで、何らかの課題に取り組むときに困難な状況であっても、「自分は対処できる」と自分に対して確信、自信といったイメージが持てることをいいます。カナダの心理学者アルバート・バンデューラが提唱した言葉で、「自己効力感」があることによって人は物事に前向きに取り組み、困難にも耐えられるようになります。人は「どうせできない」と考えるよりも「きっとできる」と考えたほうが行動できるように、「自己効力感」は人の行動に大きな影響を及ぼします。

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日本の教育に対する現状認識は様々ありますが、例えばOECD生徒の学習到達度調査(PISA)の調査結果から見えてくる内容にも一長一短があります。たしかに数学や理科といった学力の数値は高いものの、非認知能力、特に自己効力感といった分野で特に低い傾向が見られます。

73カ国・地域を対象とした2018年のPISA調査によれば、日本の高校1年生の自己効力感は、自己効力感を測る5つの質問のうち、2つで最下位、残りの3つでも最下位から2番目という結果になっています。


最下位の質問
・困難に直面したとき、たいてい解決策を見つけることができる
・自分を信じることで、困難を乗り越えられる

最下位から2番目の質問
・同時に複数のことができる
・物事を達成すると、自分を誇らしく思う
・物事はたいてい何とかできる


別の指標ですが、「生きる意味」に関するスコアも最低レベルであり、また、失敗に対する不安が強いことも指摘されています。この結果を具体的に示さずとも、多くの方が一度は日本の学生の自己効力感が低いという話を耳にしたことがあるのではないでしょうか。私たち株式会社クアリアは、この自己効力感の低さに強い問題意識を抱き、これを解決するために「学ぶと変われるをすべての生徒へ」というビジョンを掲げて、活動しています。

なぜ探究学習なのか

私たちが学校現場の探究学習を支援する理由の一つは、学校現場において、探究学習が生徒が「学ぶことで変われる」(= 自己効力感の向上)と感じるための絶好の機会だと考えているからです。

自己効力感を提唱したアルバート・バンデューラは、自己効力感に関する信念は主に4つの要因によって育まれると述べています。以下がその4つです。

制御体験:自らの行動をコントロールし、結果として行動を達成できたという成功体験のこと。これは自己効力感を高める最も効果的な要因です。ただし、失敗すると負の影響を与える場合があります。

代理経験:他者の行動やその結果を観察することによって得られる経験。自分と似た人が忍耐強く努力して成功する姿を見ることで、観察者自身にも肯定的な影響を与えます。

社会的説得:他者からの励ましや説得によって、自分は成功できると信じさせること。問題が生じた際にも、自分の欠点を疑うのではなく、行動にさらに努力を注ぐよう促されます。

生理的・情緒的状態:自分の身体的および情緒的な状態。肯定的な気分は自己効力感を高め、落胆した気分はそれを低下させることがあります。

激動社会の中の自己効力

探究学習は、問題発見と問題解決の場であり、生理的・情緒的状態を除いた三つの要因を効果的に満たすことができる学習形式です。

しかし、すべての探究学習の場でこれを実現できるかと言えば、必ずしもそうではありません。生徒が自ら立てた問い(あるいは教員が設定した問い)に対して、納得した上で学べる環境。自分だけでなく、周囲の生徒も探究に励み、互いに切磋琢磨できる環境。そして、他者から前向きな後押しや学びが深まるフィードバックが届く環境。これらの要件をすべて満たすことは容易ではありません。
そのため、私たちはこれらの環境作りを実現する一助になりたいと思い、探究学習フィードバックシステム"Qareer"を開発しました。もちろん、自己効力感が高まる以前の問題として、探究学習に関連するさまざまな課題や悩みが存在します。それらも同時に解決しながら、上記した理想的な環境の実現を目指しています。

Qareerについて

私たちは、フィードバックシステムという名の通り、探究学習に対してフィードバックが得られる機会作りを軸にしています。

  1. 日常的な探究学習のリフレクションに対して、学校の先生や周囲の仲間、ステークホルダーの支援者からのフィードバックが得られる。

  2. 高校時代に探究学習に前向きに取り組んだ経験がある大学生・大学院生のQareerサポーターから、生徒一人ひとりに「個別に」「前向きで」「示唆に富む」フィードバックが得られる。

このような学びの機会を作ることで探究を加速させ、一人ひとりが「学んで変われた」と実感できるよう努めています。

もちろん、探究学習を通じて「学んで変われた」と感じたり、自分に向き合い、自分自身の興味・関心を理解するためには、1度のフィードバックで到達できるものではありません。重要な学習行為はリフレクションです。そのため、フィードバックに加えて、生徒一人ひとりが日常的にリフレクションを行える場も提供し、内発的動機に基づいた探究を推進できるよう設計しています。また、バンデューラの提唱する「代理体験」を促進するための探究SNS機能も整備しています。ちなみに、探究学習のフィードバックはもちろん、リフレクションについてもまだまだ教育現場での知見が不足しているように見えます。事業活動と並行して、積極的にR&D活動もしていきたいと考えています。

「生徒が、探究してよかったと感じる」「先生が、生徒の探究をサポートしてよかったと感じる」よう、私たちは取り組んでいます。少しでもご関心をお持ちいただけましたら、ぜひこちらよりご連絡ください。
もちろんフォローや、記事に対するコメントも大変嬉しいです。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

参考文献

・Gijbels, D., Dochy, F., Van den Bossche, P., & Segers, M. (2005). Effects of problem-based learning: A meta-analysis from the angle of assessment. Review of Educational Research, 75(1), 27‒61. https://doi.org/10.3102/00346543075001027
・Jerrim, J., Oliver, M., & Sims, S. (2022). The relationship between inquiry-based teaching and students’ achievement. new evidence from a longitudinal Pisa study in England. Learning and Instruction, 80, 101310. https://doi.org/10.1016/j.learninstruc.2020.101310
・Lazonder, A. W., & Harmsen, R. (2016). Meta-analysis of inquiry-based learning. Review of Educational Research, 86(3), 681‒718. https://doi.org/10.3102/0034654315627366
・Zhang, L., & Ma, Y. (2023). A study of the impact of project-based learning on student learning effects: A meta-analysis study. Frontiers in Psychology, 14. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2023.1202728
・日本がダメでも自分がよければそれでいい…のか? データが明らかにする若者世代の低い「自己効力感」. 筑摩書房. 2021-10-11, webちくま, https://www.webchikuma.jp/articles/-/2565, (参照 2024-09-10).

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