【創作をやめようとした日】亜久津歩
作るという楽しみまたは症状について
わたしはいつ創作を始めたのかわからないし、創作を「やめる」ということも、本当はわからない。詩を発表しなくなることはあるかもしれないが、何かしら作ってはいるだろう。
そもそもやめ方を知らない。唯一、これで終わりかもしれないと感じたのは、生きること自体をやめようとした日、もう少し正確に言うと、やめるしかないと信じ込んだ日日のことだ。27歳くらいで読まれない詩と心中するのも悪くないような気がした。
だがそんなイキリは寝言に過ぎず、人を巻き添えにして自分は死に損なった。そうして長引いた思春期を過ぎてもどんなときも、書くことをやめられはしなかった。裏返せば、やめなかったから今ここにいる。生き汚く、書き汚いのである。
「そんなものは詩ではない」「詩を汚すな」と言われたことがある。わたしはきっと自らの汚れで紙を汚しているのだろう。陶酔ではない。書く、描くとはそういうことだ。ただそれによって詩が汚れるとは思わない。そんなに小さなものではない。
創作をやめようとする日、それはどんな日だろう。他人から何か言われてわたしがやめるとは考えづらい。「死ね」と言われて死なないのと大差ない。凄まじい才能を前に挫折感を味わっても、それはそれとして図図しく作るだろう。今やその程度には鈍感だ。体を壊すか老いて気力が尽きるか、何かしら満足してしまうか……あたりだろうか。満足するほどうまくなるとも、正直思えないけれど。
以前、ある詩人が言っていた。「僕の、学生時代の仲間は、みんな詩をやめてしまった。みんな頭が良くて外国の詩をよく読んでいて、僕よりも上手だった。一番ヘタだった僕だけが、まぁだ懲りずに書いてるんだよ」。
詩人には2種類いると思う。読者として詩に出合い意志をもって作り始めた人と、期せずして詩のような言葉を持ってしまった人だ。後者は宿命や才能というより「症状」に近いと考えている。わたしもそうだ。治らない。
「書かなければならないことなど(ほんとうは? すでに?)なかった」
かつてそう書いた*。誰にも求められなくても、作る理由さえなくても、やめるという選択肢がない。 あなたには、ありますか?
汚れずに、汚されずに生きていくことなどできないから作り続けてしまうのだろう。水が巡るように呼吸するように少しずつ忘れるように、見て聴いてふれて読むほどに作るはずだ。出てくるものがいつか「言葉」の形をとらなくなったとき、わたしは詩人でなくなるのかもしれない。
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* 亜久津歩詩集『いのちづな』所収「問う日―使命と宿命とより直観的なものについて。」
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