読書感想文|漫画『女の園の星』|柴田葵
和山やまさんの漫画『女の園の星』について語らせてください。
1話目は作者の和山やまさんがTweetされています。
女子高に勤務する男性教師・星先生が主人公の物語です。
えーと、どうしよう、語れと言われると溢れるようにいくらでも語れてしまいますね。何から書いたらいいと思います? 「手の描かれ方の美しさ」からにします? ……詩・俳句・短歌の同人Qaiのnoteなので、ここはひとつ、短歌と関連した視点で書くことにします。そういう視点軸を用意しておかないと、遠くへ行ったまま帰ってこれなくなりそうなくらい好きだということを、最初に述べておきます。
和山やまさんの初の単行本である短編集『夢中さ、きみに。』については、拙歌集『母の愛、僕のラブ』の出版記念として選書フェアをご開催いただいた際に勝手ながら選ばせていただき、ポップの文章も書きました(ほら、フェアの写真にも『夢中さ、きみに。』がバッチリ写っています)。『夢中さ、きみに。』は男子生徒が主な登場人物ですが、そのなかでも女子高生との交流を描いた作品(なんとこれもTwitterで読めます)は特に好きだったので、今回、女子高が舞台の連載が始まると聞いた時には心に和太鼓が響き渡りました。ちなみに『夢中さ、きみに。』も『女の園の星』も電子と紙と両方購入しています。和太鼓が鳴り止みません。
「笑顔」が「情報」になってしまった最高の大人たちへ
私は小さい頃から今もずっと漫画が好きですが、大人になってから特別好きになる作者・作品があります。たとえば、私は宮崎夏次系さんの作品がとても好きで……今、新連載がスタートしてそれも目が話せないのですが……どうしよう和太鼓がいくつあっても足りない……好き過ぎて、自分の歌集を出版していただけることになった際、ダメ元で「装画は宮崎夏次系さんにお願いできないでしょうか」と言ったら話を進めてもらえたという、ラッキーが過ぎる人間なのですが……宮崎夏次系さんの漫画のなかの「笑顔」は、多くの場合「怖いもの」として描かれています。
大人になると「楽しくて幸せだから笑う、その確率の低さ」を知ってしまうからでしょうか。現実世界で「ニッコリ」と音がしそうなほどの笑顔を見たとき「その誰かは笑顔になる(笑顔をつくる)理由がある」ということは理解できても、心から楽しいからなのか、何か意図があるのか、実際にはわかりません。「ゲラゲラ」「ケタケタ」という笑いを見ると、胸が苦しくなります。私たち大人って、実際そんなに笑いません。仕事や人付き合いで「必要に迫られたとき」以外にどれくらい笑うでしょうか。「笑顔」は「情報」の一種であることを認識し、利用し、他者に向けて発信している大人にとって、笑顔は時に暴力にもなり得ます。
和山やまさんの作品は漫画のなかでもかなり写実的で、表情をあまりデフォルメしません。その代わり『女の園の星』では、たびたび顔の絵文字が出てきます(かわいい)。
そういえば、笑ったり泣いたり怒ったりする絵文字を送る時、自分の顔でも同じテンションで同じ表情をしていることって9割9分ないですよね。
「笑顔」が「情報」になってしまった私(たち)と極めて近いテンションで生きている登場人物たちが、私はすごく好きで、ホッとします。あんまり笑ったりしないし、怒ったり泣いたりしません。他人に自分の気持ちを押し付けようとしません。すごく優しい世界だ。
『女の園の星』、そして和山やま作品を読んだことのない人が、ここまでの文章を読んでくださったとしたら「え、でも、そんな漫画って面白いの?」と思う気がします。大人になると「笑顔」は「情報」になってしまうんだよ、と子供に伝えようものなら「え、でもそんな大人の世界って面白いの?」と言われてしまうように。
面白いんですよ。
大丈夫です。大人になっても大丈夫です。感情を露出しなくなっても、面白いことはたくさんあるし、たくさん表現できる。
和山やま作品の言葉の選び方・絵の書き込み方は、漫画賞を総ナメにした根拠だと思います。笑顔や怒り顔などの直接的な感情表現を連発せずとも、その言葉や絵が生み出す可笑しさ、人物の魅力、ズレが、すべて愛おしく、哀愁があり、めちゃくちゃに面白い。選び抜かれた言葉や、見やすいのに「ここまで描く?」というほど描かれている風景・さりげない動作・些細な表情変化から、「楽しい!」「悲しい!」「怒り!」「これは恋!」「まさに愛!」「絶望!」などとは【言い切れない】繊細な気持ちが立ち上がっています。感情を素直に露出しなくなっても、面白いことはたくさんあるし、たくさん表現できる。むしろ、感情を露出しては成し得ないことがある。無理やり短歌の話をひっぱり出すわけじゃなくて、どうしても私のなかで結びつくから言うのですが、多くの短歌がやろうとしていることもこれに近いような気がします。少なくとも、私は自分の短歌でやろうとしています。
補足ですが、『女の園の星』1巻を読んだ方はご存知の通り「笑顔・泣き顔・暴発の巻」が中盤にありますね? あれ、最高ですよね。眩しい。「表情」が「情報」にも「暴力」にもならず、そのまま「さらけ出せる・さらけ出してもらえる尊さ」というかなんというか。私は大人(特に30オーバーの、どうカウントしてもごまかしきれない大人)たちが、2人3人と、少人数で心から楽しそうにしているところを見ると、尊さに泣いてしまいます。先日、子供がヒカキンとセイキンの「夢」のMVをテレビに映していて泣きました。大人になってから兄弟であんなMVが撮れるなんてねえ。
では、続いて、「手の描かれ方の美しさ」について語りますね。……(そうして夜は更けていった)(完)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?