部活と私|勝利を許された場所|亜久津歩
「部活」について口を開こうとするといろいろなところが開いてしまい、何から話せばよいかわからなくなる。胸がいっぱいになる。わたしが「部活」を終えた日から、もう17年も経っているのに。
わたしのいた「バスケ部」(を含む「体育会系」)というと「陽キャ」的なイメージが強いようだ。友だちが多く活発で……と言えば聞こえはよいが、声や体や態度が大きく粗野でやたら群れている連中、という印象も拭えまい。部内や体育の授業や球技大会でいばるやつらに嫌な思いをさせられた人もいるだろう。実態は当然もっと複雑だが、集団に1人2人いたアイツ、が典型を作っていると思う。わたしもその一部だったはずだ。
体育会系が嫌いな人は、体育会系に根強くある謎のしきたりや、それを押しつけてくる人が嫌いなのではないか。非合理的な上下関係、根拠のない精神論、「勝つために」でごまかされる暴言や暴力、有無を言わさず下される評価、安全面への配慮を欠いた運営など。明言しておくが、わたしはこれらが嫌いで反対だ。だがわたしも、その一部だった。
これからする話は、そんなわれわれだけど大目に見てねと言いたいのでも、憐んでほしいのでもない。ただ体育会系陽キャの陰鬱な部分が語られている文章を殆ど見たことがないので、一つの例として、言葉にしてみたいと思う。
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「背が高いから誘われた」というありきたりなきっかけでミニバスの少年団に入り、中高大とバスケットボール部員だった。インハイ、インカレ、国体にも出た。バスケットボールに浸かった15年もの間には確かに、少なからず(または麻痺するほど慢性的に)理不尽なことがあった。それでもわたしにとっては、まっすぐな世界だった。
ゴールに向かいボールを放つ
正しい軌道なら入る
これだけのこと。たったこれだけのことに、どれほど救われてきただろう。
わたしは精神的に不安定な亡父からDVを受けて育った。端的に言うと、夜中に一人起こされファミコンの〝桃鉄〟に付き合わされ、よい賽の目を出すと酒酔いに任せて罵られ殴られ翌朝には自分以外誰も何も覚えていない、のようなクソゲーだった。クソゲーだったが子どもだったので、孤独で恐ろしかった。彼は家の中でわたしが『勝つ』ことを嫌った。親に対しても妹弟に対しても、態度でも遊びでも。外で良い成績を取って帰ると必ず「いい気になるな。おまえは人の痛みや努力のわからない冷たい人間だ」と丹念に言い聞かされた。
地雷原のような団地の一画で自覚もないまま、自然とわたしの認知もゆがんでいった。だからなぜ自分がこんなにもバスケットボールに夢中になり、あるいは固執するのかわからなかった。真夏の真昼間も雪の夜も松葉杖でもアルバイトに明け暮れても遠征費が払えなくて友人に借金をしても体育館に通った。「バスケが好きなんだね」「努力家だよね」と言われる度にうまく肯けなかった理由が、今はよくわかる。あれは「好き」とか「努力」とかいうすてきなものではなく、逃避であり依存だった。体育会系の理不尽さよりもずっと抗いようのない不条理の下にいた自分にとって、フロアは解放区だったのだ。
当たり前のことが、当たり前にあってくれるから。
ゴールに向かいボールを放つ
正しい軌道なら入る
入れば得点になり
合計点が多い方が勝ち
そして幸運なことに、わたしは少しバスケットボールに向いていたし、チームに恵まれた。
狙ったところにボールが行く
鍛えれば筋肉がつく
学べば上達する
練習が成果に結びつく
評価され試合に出られる
チームメイトと指導者がいる
勝てる
勝っていい。強くあっていい。ここでだけは、正正堂堂と実力を発揮し証明し歓声を上げることが、悔しがり怒り全力を尽くし負けることが許されていた。
スポーツはいずれもそうであるように、バスケットボールもある種の自己表現だ。わたしはこんなプレイヤーだ、これが自分のプレイだ。そしてチームの一員としてここに存在している! ボールを手にコートに入ると、わたしはにんげんになれた。
わたしのベストゲームは、大学2年、東京体育館でのある試合だ。ぴかぴかの床を眺め、高い高い天井を仰いでから辺りを見回すと、中学生の頃からは想像もできないほどすごい選手ばかりが居て、そこに並び立つ自分まで輝いて感じられた。震えた。過去の栄光だ。あまりにもうれしい栄光は、坂を下り始めた足もとに鋭い影を落とす。だがそこを越えると、またほのかに照らしてくれる。
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「部活」について口を開こうとするといろいろなところが開いてしまい、何から話せばよいかわからなくなる。楽しいは強いこと、自由が最も難しいこと、失敗は終わりではないこと、天才はいること、好きも才能だということ、どんなやめ方をしても、また始められること。今日の話は根っこのところなので他者が殆どいないけれど、チームメイト、ライバル、恩師、応援してくれた人、人生に必要な知恵はだいたい体育館で彼女らが教えてくれた。そんな話も、いつか書きたい。
#部活の思い出 #エッセイ #短歌 #DV #バスケットボール
#写真 (上から)Adam Birkett・Andre Benz・Cherry Laithang on unsplash.
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