虹
小学4年生の夏休み。学校のプール帰り。
私の通っていた小学校は団地の中にあり、プールは住んでいる地区ごとに時間が決められていた。
同じ地区に住む同じ学年の男の子に恋をしていた私はプールに行けば彼に会えるのでせっせと通っていた。
「はるえちゃん、何して帰るー?」
「んー、公園で木登り!」
彼と私はプールのあといつも遊んで帰っていた。
学校のブランコ、鉄馬、図書室で読書、などなど。
彼がやりたいことを提案してくれることもあったし、私にやりたいことを聞いてくれることもあった。
近所の公園で木登り。
彼は囲碁を習っていて科学や文学も好きで知的な面を持ちながら、体力はさほどないものの器用で身体や道具を使うのが上手だった。
私は不器用で、彼の真似をして身体や道具の使い方を覚えていた。
木登りも彼のほうが上手くて、コツを教えてもらいながらだんだんできるようになった。
木登りをしていたら夕立に遭った。
慌てて屋根のあるところまで走り雨宿り。
幸い長引かずすぐに晴れてきた。
「やんだね!虹、出てるかな?」
そう言いながら私は屋根の下から出て空を見上げた。
「うーん…ないかも」
彼も空を見上げてキョロキョロしていたが虹は見つけられなかった。
「あ!そうだ!虹って作れるんだよ!」
しょんぼりしていた私に彼が言った。
「…え?」
「今からやってみるから、見てて。うーんと、こっち側にしゃがんで。」
彼は水飲み場の、噴水のように水が出てくるところの蛇口をひねった。
水を少し強めに出して、水が出てくる穴を軽く指で塞いだ。
水は勢いよく地面にかかった。
「ほらほら!虹、できてるでしょ!」
「わあ!ほんとだー!」
うっすら短い虹だったけれど、それはたしかに虹だった。
彼が私のために作ってくれた虹、そのことが嬉しくて仕方なかった。
それまで見たどんな虹よりも綺麗に見えた。
「ね、今度は私が虹作るね!見てて!」
彼の真似をして虹を作って彼に見てもらった。
「おお~虹だ!」
そのあと何回か交代して虹を作って、いつも通り、どちらから言い出すわけでもなく、なんとなくなタイミングで家に帰った。
「虹きれいだった~!ありがとー!」
別れ際、彼にお礼を言った。
「どういたしまして。お水もったいないでしょって怒られちゃうから、お母さんには内緒ね!」
「うん!」
ふたりだけの秘密、なんだかちょっとくすぐったさのある嬉しさを感じた。
水で作ったうっすらとしか見えなかったけれど綺麗な虹。
淡くふわっとした、夏の恋の思い出。