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小百合の暴露 「ポストにあった不穏な白い紙」


 まともな客は多くない。

 それに、まともなセラピストも少ない。

 さらに、まともなオーナーもあまりいない。


 全てがヤバイひとたちで回っている業界が、メンズエステと思っても過言ではない。

 もちろん、例外もあるが、見つけるのは至極困難だ。

 一見まともそうな人間も、裏側を知ってしまえば、異常である。





 27歳の小百合は今までいろいろなメンズエステ店を転々としており、三ヶ月前までは恵比寿のルーム型メンズエステ店で働いていた。

 店は90分18000円、120分23000円と至って平均的な相場の店で、特にオプションはなかった。

 小百合がここで働くようになったのは、ひとえにドがつく健全店だからということだった。

客層も良く、しばらくそこで働こうと考えていた。

 オーナーは人当たりが良く、いつも気遣いの言葉をかけてくれた。

 よく仕事後に食事をご馳走してくれて、とても良いお店で働けていると感謝していた。



 その内、最初のうちはただの親切でそうしてくれるのかと思っていたが、段々とオーナーの様子がおかしくなっていることに気付いた。

 毎日のように何十通のどうでもいいようなラインが来たり、休みの日には「今は何してるの?」と必要以上に小百合の動向を知りたがってくる。

 小百合は面倒くさいと思いつつも、オーナーだから無下にできないと思い、


「友だちと食事に行ってます」


 などと正直に返信すると、


「男友だちなのか」


 と聞いてくるようにもなった。

 小百合はあまり男友だちはいなかったが、たまたま男友だちと出かけているときに正直にそうだと答えた。

 すると、オーナーは強い口調で、


「そいつは小百合の体目的で近づいてきてるから、今すぐ付き合いをやめて離れた方がいい」


 などと、お節介を焼いてくる。

 さすがに頭にきて、小百合が既読無視すると、突然ライン電話がかかってきた。


「どうして、出ないんだ!心配しているんだぞ。今から迎えに行くから」


 と、言い出す始末である。


 小百合も頭に来て、



「彼女でもないんだから、私が何しようと関係ないじゃないですか!」


 と、強い口調で言い返した。

 その場はそれ以上何も言われることはなかった。




 その翌日、気まずいながらもシフトのことで、オーナーに連絡をしなければならず、どうするべきか悩んでいたところ、


「昨日はごめん。どうかしてた」


 オーナーがラインで謝ってきたので、


「いえ、私も強く言ってしまいすみませんでした」


 と、その場はうまく収まった。





 しかし、それからもオーナーから執拗な連絡があったり、連絡を無視すると怒り出すので、このままでは精神が持たないと思い、小百合は日本橋にできた新しいルーム型のメンズエステに掛け持ちで入り、オーナーには告げず、できるだけ自然な形で徐々にシフトを新店に移していった。






 それが三ヶ月前だった。

 小百合は日本橋の店の客層に合うのか、瞬く間に人気になり、看板セラピストとなった。

 日本橋のお店だけでやっていける準備が整ったところで、恵比寿のシフトは一切出さず、事実上恵比寿の店を退店した。




 それから一週間後、小百合がいつものように出勤すると、マンションの全ての住人のポストボックスに白い紙が一枚ずつ挟まっているのが見えた。

 なんだろうと思い店の部屋のポストから取り出し確認してみると、


「このマンションで許可なくメンズエステ店を営業している者がいます」


 といったことが書かれた密告内容のビラであった。


 ゾッとして、小百合は反射的に周りを見た。


 誰もいない。


 真面目な小百合は、急いで他のポストからもその白い紙を取り除いた。

 でもよくよく考えてみると、この白い紙に部屋番号までは書かれていないので、バレないだろうとも思った。

 ただ少し怖かったので、一応店のオーナーに報告しておくことにした。





 翌週のある日、小百合は出勤時間の初っ端から予約が入っていたため、早めに出勤した。

 頭の片隅で密告のことが気になりつつも、部屋で客を迎える準備に取り掛かる。


 暫くすると、予約の時間よりも少し早いタイミングでインターホンがなった。


 このマンションはエントランスで部屋番号を押し呼び出されたら、モニターで訪問者の顔が確認できる仕様だ。


 しかし、モニターは反応していなかった。



 ということは、部屋の玄関前のベルが鳴らされたのだ。

 嫌な予感がしながらもドアの穴から覗いてみると、カジュアルスーツを着た男性が立っていた。

 客である可能性も捨てきれないので、恐る恐る開けてみた。

 すると、カジュアルスーツの男が硬い表情で小百合を見つめながら、


「恐れ入ります。ビル管理会社のものですが、こちら商業利用されてますか?」


 と、訊ねてきた。

 頭が真っ白になり、それからのことはあまり覚えていない。

 ただ覚えているのは、オーナーを呼び出すよう言われたことと、お客さんが下でずっと待っているので謝りに行ったことくらいだった。



 小百合は警察沙汰になり逮捕されるのではないかと不安になったが、そのようなことにはならなかった。

 しかし、あの日を最後に、小百合が働いていた日本橋のお店は閉店した。

 営業していたのはわずか三ヶ月だった。

 日本橋のオーナーは初期投資を回収できずに潰れてしまい、何が起きたのかもわからないまま頭を抱えていた。




 店が潰れた次の日。

 あのしつこかった恵比寿のメンズエステ店のオーナーから「元気してる?」と久しぶりにメッセージが来た。

 小百合が返信しないでいると、

「もしまたお店探してるなら、うちに戻っておいでよ。前より待遇良くするよ」

 そう甘い言葉で誘ってきた。




 小百合の背筋は凍りついていた。




 おかしい。タイミングがよすぎる。



 この以前の店のオーナーには日本橋で働いていることを知らせていない。当たり前だ。関わりを断つためにこの店に移ったのだから。


 なのに今、まるで側で見ていたかのように、絶好のタイミングで誘いの連絡が来ている。


 小百合は返信することなく、すぐにこの以前の店のオーナーをブロックした。


 ふと昔を思い出した。

 そういえば、いつだったか、食事に連れられた時、他の店を潰す方法について考えていることを延々と聞かされたことがある。



 ポストに挟まっていた紙、管理会社の突然の訪問、そしてこのメッセージ。

 小百合の頭の中で、点と点が線で繋がっていった。まるでスリラー映画の登場人物にでもなった気分だ。


 ホームページの写真でバレたのか、Twitterの投稿から探られたのか、それとも小百合の勘違いか。今となってはもうわからない、いや知りたくもない。


 あぁ、どうか二度と会いませんように。

 今は切にそう祈るばかりである。


 小百合の暴露 〜完〜

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