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#高安動脈炎闘病記 13

13.ピンボケの世界


4月21日。

観たことのない景色。

なんにもわからない。


唯一わかったのが、何も自由が効かないということだけ。


手術は無事に終わっていた。

少し遡り、4月19日。
早朝からシャワーを浴び、病室に溢れ返った荷物をロッカーに預ける。
貴重品をリストに書き、預ける前最後に銀杏BOYZの、夢で逢えたらを聴いた。


「君の胸にキスをしたら
君はどんな声だすだろう」


これから胸にメスを入れるヤツが聴く曲ではない。多分。
それでも、この曲は特別で思い入れのある曲だ。


「夢で逢えたらいいな
夜の波をこえてゆくよ」


AirPodsを外し、貴重品袋にしまい込んだ。


後に看護師さんと主治医の先生がお迎えに来る。
初日に採血を失敗した(僕の血管がわかりにくいのが悪い)ことを、
割と後まで反省してた凄く優しく可愛らしい、2年目になった小柄な看護師さん。
ずっと1ヶ月間、手術に向けて今のベストな状態を探り続けてきた、
納豆を食べて良いと許可をくれた先生。
彼ら2人と、自分の足で普段は乗らない「手術専用」と書かれたエレベーターに乗り込む。

自らの足で、自分の意思で動いている。
扉を開き、まるで医療ドラマのような手術室へ進む。
青い化学繊維に身を包んだ、はじめましての人たちが10人以上いた。


「よろしくお願いします」


ひと言声を発し、軽く頭を下げた僕はそれ以降のことをおぼえていない。




正確にいうと、ここまでの話もようやく思い出した。
自分の中の衝撃は思いの外大きかったらしく、後に看護師さんに僕はどうやって手術室に向かったんですか?と聞いてやっとわかったくらいだ。


とにかく、手術は無事に終わって、そこから意識を取り戻したのは21日のことだった。

ように思う。なぜならば、その辺も朧げの記憶でしかない。
とりあえずスマホに残る何かしらの記録が4月21日なので、そうだったんだろうと思っている。

何時なのかもわからないし、とにかくなんにもわかっていない。

集中治療室の窓からみえる景色も初めてで、なぜか自分がシンガポールにいる、みたいな
どうしてそういう想像をしているのかもわからないくらい全てがぶっ飛んでいた。

少し冷静になると、身体中に線が繋がっていて、その先には機械がある。
いろんな波形がモニターに映し出されていて、何かを示していた。
胸元には2〜30cm弱の切った後、腹部にはドレーンと呼ばれる滲出液を排出する線。
腕にはいかつい点滴。
くどいようだが、目に入る全てが初めての世界だし、みえているようでみえていなかった。

身体がうまく動かない。
声が出ない。頭も回らない。

わかることはただひとつ、
生きている。
ただ、なんにもわかんない。

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