辿り着いた場所
かつて私の台所には一枚の絵があった。
この絵を飾って10年間、るるるんと息子のお弁当を作る時も、姑女の小言に苛きながら野菜を切る時も、息子と二人になった夕食の支度の時も、その絵はそこにあった。
絵のコテージの窓には、頬杖をした女の子。
彼女は、「あら、ゆみさんも大変だわね。早くこっちにいらっしゃいよ。」と毎回言うのだった。
コテージの前庭にはニワトコ、ピンクのつるバラ、ニオイアヤメ、ラヴェンダーが咲きみだれ、アーチを描くウッドフェンスに続く門柱の上では、白いネコがうたた寝をしている。
三角屋根のコテージは小さな窓が2つ。屋根に覆い被さるように枝葉を伸ばすクスの木。右手の丘には牛が草を食んでいて、なんとも長凩だ。
いいなぁー、こんな所に住んでのんびり花を育てたいなぁ。
そんなある日、花の教室をしている私は、アトリエになりそうな所はないかとネットを調べていた。すると、とある物件が目に飛び込んできた。
敷地300坪、ログハウス。栗、柿、梅の木有。鯉飼育中。
ガーデニングに最適!
完璧。
拒否すべき項目は何も無い。
しかし、とても私のヘソクリで買える金額ではなかった。
夜ベッドに入る度、いいなぁー買いたいなーと思いつつ、2年が過ぎた。
そしてある日、またそのページを開くと、なんと!値下がりしていた。
あ、コレ何とかなるかも。ローン組めば...
そう思って、翌日ともかく現地を見たいと思い、-人で車を走らせた。
国道から右折して狭い道を100m程抜けた所にその家はあった。
近くに車を停めて、その敷地の前に立った瞬間、異次元の波動に包まれた。
平和で豊かで安心できる満たされた波動。
光輝くしゃぼん玉で包まれたような空間だった。
ここは私が住む場所。
......
翌日私は不動産屋にいた。
あれから2年。
早春の心地よい風がそよぐ中、うぐいすのドルヴィーサウンドに乗せて、私は鍬をふるっている。
家の建築面積が狭く、あいにく住宅ローンは対照外で現金払い。
すっからかんになってほったけど、銀行に預けておいたって、この豊かな幸せはやって来なかった。
お金って何なのだろう。
草を食む牛はいないけど、三角屋根にかかるクスの木も、前庭のお花もそして何と、猫まで台所の絵とそっくり。
家を決める丁度一年前に、カラスに襲われていた猫に遭遇し、保護したのだ。
1匹じゃなく4匹だけど。
不思議なコトがもうひとつ。
家の裏山は、青龍山と言うらしい。市の古墳案内に少し説明が有るくらいで、地図にも載っていない。
20才の頃、飛行機の窓にぬっと現われた龍の顔を思い出す。
雲なのだが、その形は、ぎょっとした目、ひげの一本一本も雲とは思われないほどくっきりで、真に生きているかのようだった。
龍の導きか、引き寄せの法則か、どちらかわからないけど、どちらでもいいけど、一生、追い出されることのない家に辿り着けた。
私が買ったもの。
私のしあわせ。
*これは辻仁成さんの地球カレッジ文章教室の課題文「私が買ったもの」に出しそびれたものです。
丁度noteの書き始めに良いかと…