【読書録】道尾秀介『向日葵の咲かない夏』
「嘘も100回言えば、本当になる」
と唱えたのは、ナチスの宣伝塔であるヨーゼフ・ゲッペルスである。
「もしあなたが十分に大きな嘘を頻繁に繰り返せば、人々は最後にはその嘘を信じるだろう。」が直訳だ。
そんな経験って、誰にでもあるんじゃないか。
自分にとって都合が悪いことが起きた時、言い逃れをするために思わず嘘を吐く。その嘘を何度も重ねていくうちに、いつの間にか自分が吐いた嘘の方が真実であるように錯覚する。
私はこれを、『恣意的な思い込み』と名付ける。
カップルの痴話喧嘩によくある「言った・言ってない」の争いも、この『恣意的な思い込み』が原因しているのではないだろうか。
本作の主人公は、死人の声が聞こえる小学生4年生の男の子。正確には死人の声ではなく、死人の生まれ変わりとする生き物の声を聞いてるんだけど。その生き物は動物だったり、虫だったり、植物だったりもする。
本作を「ダークファンタジー」と取るか「恣意的な思い込みが描かれた作品」と取るか。私は俄然、後者だと思う。
そもそもファンタジーの定義は、「現実ではありえないとされる事象や、超自然的な事象を題材とする文学」である。
死んだ者が生まれ変わる、そこまではファンタジーと言ってもいい。しかし物語の終盤で、主人公であるミチオ自身が「僕の物語を壊す」と口にしている。
ミチオは輪廻転生など無いと初めから分かっていて、分かった上で自分が作り上げた物語の中で生きていたのだろう。
これだけ自分の解釈を述べているけど、この小説、何度読んでも意味がわからない。
ミチオは生物の声を聞くことができるが、それは全ての生物には当てはまらない。
トカゲになった妹や、蜘蛛に生まれ変わったクラスメイトの声は聞くことはできる。
しかし、例えば電線に止まるカラスに「やあ!俺は二日前にガンで死んだ爺さんだ!」と話しかけられたとしても、ミチオにその声は届かないのだ。
なら、ミチオが声を聞くことができる(元人間の)生物に当てはまるものは何か。それは「ミチオの行為が原因で死んだ生物」ではないかと仮説を立てた。
トカゲ(元ミカ)=ミチオの悪ふざけにより母親が流産。ミカはこの世に生まれてくることなく死亡。
蜘蛛(元Sくん)=ミチオの「死んでくれない?」という発言により自殺。(これはミチオが負い目を感じているだけで、確かではない)
カマドウマ(元お爺さん)=ミチオに包丁で刺されて死亡。
だけど、それだと
三毛猫(元トコお婆さん)=老衰で死亡。
百合の花(元スミダさん)=交通事故で死亡。
この2人の声が聞こえる理由が説明できない。
本当に謎が多い作品。
余談だけどミチオとSくんの名前は、著者である道尾秀介の名前からそのまま取られたらしい。
自分の人生を脚色して小説にする作家さんって多いけど、道尾先生にもどこか当てはまったりするのかな。