【長編小説】分岐するパラノイア-schwartz-【C16】
<Chapter 16 捩る女はかく語りき>
中村麻衣子はやっとテーブルにやってきたパフェを綺麗な指で支えている。
そのパフェは下からフレーク、果物、生クリームの順で重なっていて、
生クリームの上から申し訳程度のチョコソースがかかっている。
そして生クリームの隣にバニラアイスが添えられている。
おまけに棒状のスティック菓子が刺さっている。
長いスプーンで上手に掬いながら、
ナチュラルメイクを意識した唇へと運ぶ。
その唇からは私が望んでいる回答は得られるのだろうか。
「確かに昔はいつもいっしょにいたよね。いろんなことしたよね。
やっぱりタイミングが悪かったのかもしれないね。
那実がわたしをどう思っていたかなんて、最初から知ってたし
いずれ離れることにはなるとは思ってたよ。」
私はホットコーヒーしか頼んでいない。
いつもホットコーヒーのみだ。
竜姫とも何度も来ているが、この店でホットコーヒー以外のものを
注文した試しがない。
だからアルバイトの女の子はもうこのテーブルに来ることはない。
「あのさ、タカオって覚えてる?」
私は“藤村タカオ”について聞いてみることにした。
「タカ兄?なつかしいね。会えたの?」
“タカ兄”と呼ぶ麻衣子の声が懐かしい。
「いや、会えなかった。」
「ふーん。」
麻衣子はあまり関心がないようだった。意外だ。
「会ってくれなかったんだ。いろいろ忙しいってさ。」
「まぁ会いたくないよね。タカ兄は自分ではイケてるって思ってるから。
あの頃だって“自分はお前らとは違うぞ”ってオーラ出してたじゃん。
やたら冷静ぶってたよね。今さらあの時の人間になんて会いたくない気持ちはわかるよ。プライドってやつ?」
それはお前もだろ、と口から飛び出る寸前で飲み込んだ。
「新しい生活がよほど大切なんだね。何してるかなんて知りもしないし、
知りたくもないけど。」
中村麻衣子という女はここまではっきりとものを言う女だっただろうか。
もっと礼節があり、人を不快にさせない物言いができたはずなのに。
いったいこの女は誰なのだろう。
「前を歩いてたおれと那実を携帯のカメラで撮ったことがあったよね。
おれと那実と、麻衣ちゃんとタカオの4人でいた時なんだけど。
あの時の写真のデータって残ってる?」
「あぁ。あったね。そんな写真。でもあの時タカ兄はいなかったでしょ?」
「え?タカオいなかった?後ろから、二人でからかってきたじゃないか。」
テーブルの下の足に力が入る。
タカオがいなかったずはない。
私の記憶の中には確実にタカオはいた。
私がカメラのシャッター音に気づき、振り返ったその先には
ニヤつく麻衣子と藤村タカオがいた。
紛れもなく覚えているのだ。
「いなかったよ。あの時は・・・うん。わたし一人だったよ。
タカ兄がいない3人だったね。」
私の脳内の記憶のイメージからタカオが消える。
あの振り返った時の映像はまるで古いフィルムが焼け焦げていくように
じわじわと消えていく。
「あの写真ももう残ってないと思う。かなり昔の携帯だし、どこにしまったかも覚えてないなぁ。」
「じゃあさ、長谷部のことは?わかる?」
「長谷部・・・?誰だっけ?」
「え?いつも送り迎えしてもらってたでしょ?」
「わたしたちいつもタクシーとかで帰ってたよ。いつもタクシー代くれたじゃん。」
確かにそういう時もあった。
私は那実だけだったらタクシーで帰すことはなかったが、
この麻衣子と一緒の時は、というかほぼほぼ一緒だったから
タクシーを使わせたこともあった。
それは長谷部がバイトの日だけのはずである。
それ以外は長谷部の車で送り迎えをしていたはずだ。
初めて麻衣子を送り届けた際、長谷部は免許取り立てで運転にもさほど
慣れていなかったために、麻衣子の自宅近辺の道の悪さと暗さに
怯えていたのを覚えている。
何度も送り届けているうちに道にも慣れ、麻衣子のナビゲーションなしでも
送り届けることができるようになった。
ナビなしで自宅につくから麻衣子と那実は後部座席で眠るようになり、
私と長谷部はその愛くるしい二人の寝顔をルームミラーで確認しながら
声を抑えて話していた。
「その長谷部って人とも話した?」
「うん。まぁ。」
「私たちのこと知ってるって?」
「いや、知らないって。」
「本人が知らないって言ってるんだからそうなんじゃないの?わたしだって
長谷部って人とは会ったことないし。」
「長谷部の家、行ったことあるよね?で、麻衣ちゃんが胸触られたって騒いでて・・・。」
「はぁ?会ったこともない人の家に行けるわけないでしょ?
そのエピソード何?気持ち悪いんだけど。」
記憶のフィルムはどんどん焼けて無くなっていく。
「ねぇ。それと那実にどんな関係があるの?」
「なぁ、“あのこと”って何?」
私は“あのこと”について問うことにした。
「“あのこと”?」
「おれたちが会わなくなった、集まらなくなった理由が何かあるんだろ?
中田真由と会った時、おれは自分に都合の悪いことは忘れているって言われたんだよ。」
「あ、真由ちゃんと会ったんだ。」
麻衣子の言葉は冷たい。
それは今、パフェのバニラアイスを切り崩す作業に入ったからなのか。
「増山カホも“あのこと”の後からみんな連絡しなくなったって・・・。」
麻衣子はバイラアイスの山を無言でどんどん切り崩していく。
「麻衣ちゃん。おれはね、那実が死んでしまうことは止められたんじゃないかって思ってるんだ。もしおれたちが今でも集まっていたとしたら、
那実の変化にも気づけてたんじゃないかって。
何もできなかったかもしれないけど、那実の居場所にはなれたんじゃないかって思うんだよ。」
麻衣子は上手にパフェを食べる。もう8割ほど食べてしまっている。
「“あのこと”ってさ、何なの?何か知ってるなら教えて欲しい。
おれが何かしたのかな?」
麻衣子はパフェを食べる手を止めない。どんどん減っていくバニラアイス。
もう果物の層はすぐそこだ。私は話し続けた。
「森島っていうタクヤの後輩も“あのこと”を知ってる人間も少なくなったって言ってて・・・。」
言いかけた私は底知れぬ違和感を感じた。
森島。池尻タクヤの後輩。
麻衣子は黙ってしまった私を見ている。
黙ってしまった私に続きを促すわけでもなく、ただ黙って見ている。
パフェを食べる手は止まっている。
森島?タクヤの後輩?
森島との会話が頭を巡っている。
薄暗いゲームセンター、風俗店の色褪せた看板、死んでしまった繁華街。
森島との会話は交錯する。
違和感に手が届きそうになった瞬間、麻衣子が口を開く。
「あの頃さ、タクヤさんと那実のこと知ってたんでしょ?」