【長編小説】分岐するパラノイア-schwartz-【C14】
<Chapter 14 淀んだ水に落ちるタバコ>
今回は青田ケンイチという男である。
青田ケンイチの当時を振り返ってみよう。
ケンイチはどちらかと言えば男前の部類に入る男だった。
初めて会った時、ケンイチは高校1年生だったと思う。
しかしケンイチは人生に迷っていた。
彼は学校でなぜか嫌われていた。
イジメられているかと言えばそうではなかったが、
それは彼が言い返したり、やり返したり反発するだけの精神力を
備えていたからで、逆にそういう面が万人が彼を毛嫌いする理由
でもあったのかもしない。
彼は地域の中でも偏差値の高い高校へ行っていたが次第に行かなくなり、
街をウロウロしていたところを私にキャッチされた。
嫌われ者同士、気が合った。
私は年下のくせにかなり生意気な口をきくケンイチを、学校の人間や
他の大人のように諭したり、諌めたりはしなかった。
むしろこのぐらい“元気”な方が私には心地よかった。
逆に彼は無駄な敬語やマナーなどを気にせず話ができる私といることは
楽だったように思う。
彼が周りの人間から嫌われていたりいつも責められていたのは
彼の彼女のこともあった。
彼の彼女は一つ下の女の子だった。
一つ下、ということはまだ中学生だったわけでそのことが周りにとっては
考えられないというか、異端的であったことも理由のひとつだろう。
私はそんなことはどうでもよかった。
ケンイチと彼女のように一歳差というカップルは世の中には溢れている。
何がおかしいのだろうかと、何も問題はないと感じていた。
問題があるとすれば、彼が私と過ごすようになってからある程度日がたった時からその彼女も連れてくるようになった。彼女の名は“ユカリ”。
ユカリを連れてくるのはいいのだが、私たちと同じ土俵で物事を進めようとするのだ。
どういうことかというと、私たちは夜という時間帯がメインとなる。
ユカリは学校帰りなどの夕方に合流するのだが、
私はまだ中学生だったユカリを夜連れて歩くことにはいささか問題があると思っていた。
しかしケンイチはそんなことは問題だと思わず、むしろ彼にとっては大好きな彼女と長い時間一緒にいることができるのでユカリをある程度の時間で帰すということをしなかった。
ケンイチ自身もまだ高校生だが、高校生はもう義務教育ではないし、彼自身学校に戻ることはほぼないと言わんばかりの状態だった。
しかしユカリはまだ義務教育中であり、なおかつ高校への進学もあるだろう。ここで私たちと同じ土俵、同じように夜の街を徘徊することは
ユカリにとってマイナスであった。
ケンイチは、そのあたりのことの考えが甘かった。
私はそういう問題をあえてケンイチには伝えなかった。
それを伝えたところで今の彼は“世の中の常識”ということよりも
“自分たちの楽しさ”を優先してしまう年頃だと思っていたからだ。
しかし何もしないわけにはいかない。
そこで私はユカリと話をした。どうして私たちと行動をともにしたいのか、
行動時間によってはこれからの生活がマイナスになることをなんとなく伝えた。
ユカリは、ユカリで人生に疑問符が浮かんでいることがわかった。
この「疑問符」に関してはユカリの話になるのでまた別の機会にしよう。
こういう話をユカリとしてしまったものだから、私は絶対に帰さなければいけないという気持ちは薄まっていた。
むしろこういう経験はユカリにとっては何か大きな経験となるかもしれないとさえ思った。
しかし実際はいろいろ問題はあるわけで、どうしようかと考えていた。
その頃から私とケンイチはとあるファーストフード店への出入りが頻繁になっていた。
そこで出会ったのが、あの“長谷部ケン”である。
何度か出入りをした際に仲良くなって3人でファミレスに行ったりした。
そして私は長谷部と長い時間を過ごすようになる。
同時にケンイチも、さらにそこにユカリも加わった。
私一人ではどうしようもなかったユカリの件を長谷部も考え始め、
長谷部がケンイチにある程度の時間で帰した方がいいのでは、と
先輩として伝えた。
一応理解はしたようだが、ユカリ本人もケンイチも気持ちはそうではなかった。なかなか一般的な時間には帰ることなく居座る日々が続いた。
私の記憶はここまでである。
ケンイチの現在であるがユカリとは別人と結婚し子供もいる。
とあるコンビニの駐車場で彼を待った。
向こうから若い男が歩いてくる。
ケンイチだった。私たちの中では男前に入るはずの彼は、髪が薄くなり
愛想のいい顔ではなくなっていた。
“若い男”とイメージしたのは服装が若い感じだったからで、よく見ると
おじさんが若づくりをしているだけの見るに耐えない様子だった。
ケンイチとコンビニの灰皿があるところで再会する。
「ひさしぶり。」ケンイチは一応笑顔のつもりだろうが、私にはわかる。
笑顔なんてほんとは見せたくないはずだ。
「ひさしぶり。子供いるんだって?いつだったか長谷部が言ってたよ。」
ケンイチの現在は以前、長谷部から聞いたことがあった。
ケンイチやユカリと会わなくなっても長谷部は二人のことを気にかけていて
ちょこちょこ情報を教えてくれていた。
「あぁ。長谷部さんね。あのあともちょこちょこ連絡してくれててね。」
それは知らなかった。長谷部は噂や小耳に挟む程度の情報を私に教えていると思っていたが、長谷部はずっと連絡をとっていたのか。
「あいつらしいね。意外と世話好きなとこあったからなぁ。」
コンビニの灰皿は汚い。淀んだ水が隙間から見える。
「あ、タカ兄は元気だった?」
「タカ兄??」
私はその“タカ兄”とよばれる人間が誰であるかわからなかった。
「誰だっけ?タカ兄って。」
「え?誰って。あの藤村さん?だっけ?久馬くんと同級生だったっていう。」
藤村タカオか。
どうしてこのケンイチは藤村タカオを知っているのか。
しかも“タカ兄”というかなり親しい呼び方である。
この“タカ兄”という呼び方をする人は少ない。
少ない、というかある一部の者だけが呼ぶ呼び方である。
那実と、中村麻衣子の二人だけ。
なぜこのケンイチもその呼び方で呼んでいるのか。
「タカオはね、会えなかったんだよ。忙しいらしくて。」
「そうか。残念だな。けっこう面倒みてもらったから。」
ケンイチとタカオは会ったことがあり、しかも親しい関係だった?
いつの時点で?
「あ、そういえばさっき久しぶりって言ったけどそうでもないんだよ。」
ケンイチはタバコを灰皿の中の淀んだ水へ落とす。
「え?どっかで会ってたっけ?」
「1年ぐらい前かな。久馬くん女の子といっしょにこのコンビニ来たでしょ?その時、おれここでバイトしてて、久馬さんたちのレジうったのおれだったんだよ。」
実は私はそれを知っていた。
1年ぐらい前竜姫とこのコンビニに入った時、一目見てケンイチだとわかった。しかしケンイチ自身が覚えてないかもしれないし、
やはりケンイチにも“会ってはいけない”という気持ちがあったのか
私からは声をかけなかった。
そのままレジを通過し、何事もなかった。
ケンイチは私のことなど覚えていないか、話しかけたくもないし話しかけられたくもないだろうと思っていた。
「そうだっけ?覚えてないなぁ。」
私は覚えていないことにした。
この調査をするときにケンイチは何か知っているかどうかで一番悩んだ。
会って話しても何もないんじゃないかと思っていた。
私の中で、ケンイチはファミレスの集まりが完全に形成されてからは
見ていない気がするのだ。もちろんユカリも。
だから那実にも中村麻衣子にも、会っているはずがないのだ。
しかし藤村タカオの呼び方は明らかに那実と中村麻衣子が独自につけた
呼び方であって、誰しもがそう呼んでいたわけではない。
なぜケンイチは“タカ兄”を知っているのだろうか。
このコンビニは以前はなかった。
意外とこういう建物の以前の姿は覚えていないことが多い。
過去が現在に上書きされるように。
ケンイチとはほとんど会話は弾まなかった。
それはたぶんケンイチが何も知らないことと、私がケンイチに何か思うところがあるからかもしれない。
ケンイチは知らぬ間にユカリと別れ、別の人と結婚した。
若かりし頃の恋愛とはそういうものだとわかっているが、
置いていかれたユカリはどうしただろう。私はそのことも何も知らない。
ユカリはおそらくどこかで生きているだろう。
那実とは違い、どこかで人生を謳歌しているはずだ。
だからこのケンイチはこうして別な人間と結婚したりできるのだ。
若かりし頃の恋愛、だから仕方のないことだ。
軽い挨拶を交わし、ケンイチはコンビニを後にした。
その後ろ姿は当時の男前ではなくただの若づくりのやばいおっさんだった。
時の流れは残酷だと、身に染みて感じた。