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【長編小説】分岐するパラノイア-schwartz-【C22】

<Chapter 24 或る男の逸話(四)>



私のヨタヨタ歩きはどんどん板についてきたようだった。
ちゃんとヨタヨタしているのが自分でも
しっかりと自覚できるほどになった頃、駅前に着いた。

その頃にはもうとっくに陽は沈んでいた。
空には紫とオレンジがいい具合のグラデーションを描いていた。


この駅前は昔小さな商店街だった。
商店街と言えるほどの規模ではないが一応、商店街だと言われていた。
そして商店街でもあり、この街の商人の生活の場であった。
今はもうその面影はとうに薄れている。

活気があり、賑わっていたが今では閑散としている。
若い人間は減り、建物は古びていた。
中には古びた建物を取り壊し、
新しい建物にするところもあったが
その新しい建物は老人ホームであったり葬儀屋だったりする。

若者が減り、高齢者が増えていることは仕方のないことだし
そこに老人ホームが建つこともわかる気がするのだが、
その圏内に葬儀屋まで建つとなるともうこれはコントである。

「お爺さん死にましたよ。次はあちらの葬儀屋へどうぞ。歩いていけますんで。」

不謹慎だと私に言わないでほしい。不謹慎な建て方をしたのは私ではない。

葬儀屋の看板は確実に老人ホームの窓からから見える。
それを見ながら余生を過ごす高齢者はどんな気持ちなのだろう。


実はこの駅前の商店街の中の一角に私の祖父の時計屋があった。

私の祖父は先の大きな戦争に参加し終戦とともに
無事帰還しこの時計屋を始めた。
時計の販売と修理が主な仕事だった。

祖父の幼少期や戦争に行くまでどんな状態だったかは聞いたことがないし、今はもう聞く術はないが、戦争から帰還し時計屋を始める際にはおそらく
時計に対する知識も経験もなかっただろう。

すごいバイタリティである。

未経験の職を、しかも専門的な知識を必要とするであろう修理までやろうと決めた意思には感服する。

私が祖父が未経験であったであろうことを推測するに至った理由は、
祖父が修理に使う道具にある。

祖父が修理に使う道具はすべて手作りであった。

例えば時計の裏蓋を開け、小さな部品が詰め込まれた部分を掃除する。
その時使う道具は、3軒となりの駄菓子屋で買ったゴムボールの空気穴に
習字用の筆の筆側の一部を切断し接着剤で付けたものであった。

筆の毛で優しく小さな部品を掃きながら、ゴムボールを押すと空気が筆の毛から出てホコリや塵などをとばしていく。
今で言うところのエアダスターである。
他にも小さな部品を見るための拡大鏡は普通のメガネに虫眼鏡を無理矢理
取り付けたものだった。

私が幼い頃はそれを見てかっこいいとさえ思ったが、
ある程度わかる年代になるとそれがあまりにもプロとしては稚拙極まりないものだと思った。
しかし、もっと歳をとるとそれがどれだけすごいことなのかを知った。

終戦を迎え、すべてが一からの世界で自分で商売をするという覚悟と、
道具まで自分で作り出すという行動力を
祖父がこの世を去った後に理解した。
もっとあの頃の日本の話を聞いておけばよかったと、
手ずから商売をするときの覚悟はいかようなものだったのか、
そんな話をもっと聞いておけばよかったと深く後悔している。

しかも祖父は、4人も子供を育て上げた。
あの小さく、お世辞にも衛生的にいいとは言えないあの時計屋で
家族6人が生活を共にした。

その4人の子供のうちの末っ子が後の私のかわいそうな母親である。


駅は無視することにした。
風情のある駅をわざわざ取り壊し、
何のためにか、誰の利権のためにかわからない都会の真似をして改築した
ダサい駅など語るに値しない。

閑散とした商店街の方へ足を向ける。
横断歩道で信号を待っている時にまたお尻が震えた。

正確にはお尻は震えていない。お尻のポケットに入っているスマホが震えた。お尻からスマホを取り出し、お尻のポケットからスマホを取り出し画面を見る。

【着信3件】

最初に震えた時も着信だったようだ。
てっきりメッセージだと思って見ないようにしていた。
2件目は震えたことに気付いていなかった。
そして今、3件目である。
メッセージだと思っていたものが着信で予想をはずしたが、
相手は当たっていた。

竜姫だった。
とりあえず出ることにした。

「もしもし。」

「おつかれ。何回か電話したんだけどなぜ出ない?」

「歩いてたんだよ、気が付かなくて。」
最初の着信には気付いていたことはめんどくさいので黙っておいた。

「いいんだけどさ。首尾はどうよ?」

「なんの?」
「いや、自分インタビュー。」
竜姫は電話の向こうで笑っていた。

「ん。まぁそこそこ。ていうかさ、なんで笑うの?」

「自分インタビューどこまでいった?」

「んー大学やめたあたりまで思い出してみたけど。
ねぇまだ笑ってる?笑ってるよね?」

「ごめんごめん。“自分インタビュー”って言葉があまりにもダサくてさ。」

「それはおれが言い出したんじゃないだろ。」

「だからごめんって。さて、久馬くん。」

からかいながらも謝った竜姫だったが、空気感が変わった。
こういう時の竜姫は、怖い。

「大学を辞めた久馬くんは、
地元にもどってその日暮らしのアルバイトと呑めや歌えやの大騒ぎ。
同じような社会不適合者の集団を引き連れ、まるで井の中の蛙。
幼稚な裸の王様気分で好き勝手生活してました、と。」

「まぁ、そんなとこ。だけどちょっとトゲがありすぎないか?井の中の蛙とか裸の王様とか。」

「違うの?」

「そうなんだけどさ。」
まさにその通りなのだ。その通り過ぎて言い返す言葉が出てこなかった。
それが悔しくて少しムキになってしまった。

「結局なんの用だよ。わざわざそれを言いたかったのか?」

語気が荒くなる。
しまったと思ってももう遅いし、凄んだところで竜姫には通用しない。

「何開き直ってんの?あんた自分じゃわかんないんでしょ?
自分の記憶がどうして整合性がないのか。
だからわざわざ連絡とって話聞いたりしたんでしょ?
どうせメモるだけメモって見返すのビビってるんでしょ?
結局そんなもんなんだよ、あんたが知りたい真実ってのはさ。」

「ちょっと・・・」
何も言葉が出ない。

「いい?画面に映る花をいくら見えないように隠そうが必ずそこにあるの。
咲くはずのない花でも、いろんな理由で咲くことがあるんだよ。」

「花、って?え?なんで花のこと知って?」

「あ、もうバス来たから。」

明らかにスマホを耳から離した気配がして、慌てて引き留めようとしたが
通話は終わってしまった。

竜姫が言う花とは十中八九さっきまで私のスマホに咲いていた
ゼラニウムのことだろう。
どうして竜姫はそのことを知っているんだろう。

スマホをお尻に、お尻のポケットに戻した。

信号は青なのに渡れずにいた。

青い信号は進め、ピンクのゼラニウムは  。

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