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【長編小説】分岐するパラノイア-weiss- 【S6】
<Section 6 夕焼談義>
「二つの神様の体調不良。この原因は人神にあるのではないか、
そして書物の異常の原因もライトニングじゃない。人神の方だ。」
ライトニングのハンスは一瞬だけ、切羽詰まったような顔をした。
言い終わる頃にはいつもの愛くるしい顔に戻っていた。
「だからって何でボクなんだい?
そんなに大変な事件ならもっと他に適任がいるだろう?」
「おめぇがその“適任”なんだ。一度はこの街の日常を丸ごと記録した。
それをもう一度記録してほしいんだ。」
「はぁ?ちょっと待ってくれよ。
それはもう過ぎてしまったことだから記録はできないよ。」
「だから人神に会って、書物を記録し直してほしいんだ。」
「おいおい。
人神なんてそんな簡単に会えるわけないだろう?
まずどこにいるかもわからないし。」
「人神は【神海】にいる。正確には人神がいるところが【神海】だ。」
「ボクに神海を探せっていうのかい?」
「そういうことだ。」
「とりあえず大体はわかった。でも一つ疑問があるんだ。」
ボクはこの話を聞かされている間、違和感というか妙な矛盾を感じていた。
もうボクがハンスの頼みを断ることは無理な気がしていて、
どうせやるのだったら違和感や矛盾は解決しておきたかった。
「どうしてそのライトニングは自分が病だと気付いたの?
気付いてなかった、誰も気づかなかったということは
目に見えて症状が出ていたわけではないのに
今になって急に病に気付くなんて、何があったんだい?」
大男のライトニングは机の傷を眺めたまま黙ってしまった。
「誰にも言わないか?」
ハンスは周りをそれとなく見回した。
いいのか悪いのかこの歴史書コーナーは常に人がいるほど人気のコーナーではないので人の気配がある方がめずらしいのだ。
「当たり前だろ。今までの話だって人に言えた話ではないだろう?」
「まぁそうか。あくまで我々ライトニングの情報を元にできた推論だぞ。」
ハンスは大きく息を吸いこんでゆっくりと語り始めた。
彼の話をまとめるとこうだ。
人の命が失われる大変な事件が起こった。
その事件の解決のためにボクが記録した書物が使われることになった。
各所でもう一度その書物をまとめて読み解こうとした時、
異常が発見された。
書物の中の話が食い違っていたり、抜け落ちていたりした。
そこでほとんどのライトニングは召集され書物の検証にあたった。
もちろん各所で編纂、編集、まとめ直しが行われているせいで調査は難航。
できる限りの書物を再編集して検証したところ、ある一定の期間だけの異常だとわかった。
老主会とよばれる国の偉い方々はその報告を受け、直属の諜報機関である
【スパイダー】による調査を行った。
調査の結果【書物を運んだライトニングが病に侵されたまま書物を運んだために狂いが生じた】との公式見解を提示した。
ということだそうだ。
ボクの違和感の正体がはっきりした。
「ちょっと待ってよ。さっき書物の異常は人神のせいだって・・・」
「老主会は、お察しの通り尊皇派、いわゆる三神側の集まりだ。
神様の混乱なんて認めたくないのさ。
だからここは運搬していたライトニングが病気だったことにして
三神の混乱を隠したいわけだ。」
「じゃあその運搬したライトニングは病気でもなんでもないってこと?」
「それはわからねぇ。実際に他のライトニングの運搬には異常はなかった。
あいつだけが、あいつが運んだ書物だけが異常だったんだ。
あいつにも何かあるのかもしれない。しかし全てを彼のせいにするのは腑に落ちない。三神に異常があった期間と、書物の異常の期間がまったく
同じというのは何かおかしいだろ?」
いつの間にか窓の外には真っ赤な太陽が馬鹿でかい電球の陰に隠れていた。
電球は真っ赤に光っているようだった。
その電球越しの赤がハンスの横顔を覆っている。
そのせいかはわからないけどハンスが悔しがっているのがよくわかる。
愛くるしい顔ではあるが、先ほどから体が硬直しピクリとも動かない。
かなり全身に力が入っている。
「我らライトニングは誰一人として彼を疑っている者はいない。
そこでライトニング仲間が必死で情報を集めた結果
人神に異常があるのではとの結論に至った。」
書物の異常。
神様の混乱。
老主会の隠蔽。
ライトニングの病。
そのすべての行き着く先は【人神】。
そしてそれをボクが解決してほしい、と。
「言いたいことはわかった。人神に会ってボクと人神の二人で
書物を記録し直すってことだね。」
「やってくれるか?大変な旅になるかもしれないが。」
ボクは断れる気はもう微塵もなかった。
すでに【記録】したものをまた記録し直すこと自体初めてだし、
居場所がわからない【人神】を探すのも難しいし、
はたまた三神の混乱まであるとしたら道中何が起こってもおかしくない。
やり遂げる自信なんてない。
この歴史書コーナーでゆっくりやっていきたいというのが本音だ。
ハンスは答えを待っている。
“YES”という答えを待っている。
彼の期待には答えられないかもしれないが、
彼の頼みは受けることができる。
解決はできないかもしれないが、ボク自身も【人神】には興味がある。
ボクがハンスに“YES”の返事をした時には、もう陽は沈んでいた。