【長編小説】分岐するパラノイア-schwartz-【C5】
<Chapter 5 明け方の白い空の下>
自殺したはずの友人のSNSが今でも更新され続けていることについて
私は探ってみることにした。
恋人の竜姫は、自分で勧めておいていい顔はしていない。
それは私が当時つるんでいた仲間は何も男ばかりではないからだ。
竜姫は竜姫なりに不安や嫉妬を感じているようだった。
その気持ちもわかった上で、私はこの謎に挑むことにしたのだ。
その前に少し整理をしておこう。
まず私自身について。
私は20歳前後の記憶があまりない。
記憶喪失というわけではなく記憶の「整合性」がない。
出会った人、やったバイトなど一定期間内の辻褄が合わないのだ。
私が覚えている記憶と他人の記憶にかなりのズレがあるのだ。
当時の私には毎日会う仲間がいたのだが、
いつの間にか会わなくなってしまっている。
その理由が見当たらない。
毎日会い、帰るときに次の日の約束をしたり、当日必ず何かしら連絡をして集まっていたにも関わらず、ある瞬間からそれがなくなってしまっている。
私自身そのことについて何も不自然に思わず、
時の流れゆくままに過ごしてきた。
そういうものだろうとなんとなく目を背けていた。
人はオトナになる。
変わってゆく。
その上で、何か別の道を、別の世界を選んでもおかしくはない。
ただ私が気になっているのは、
いなくなってしまった彼らがどういう道を選んだか
何も知らないということである。
連絡をしなかったあの日は、なぜ何も感じなかったのだろう。
毎日仲間に会うことが私の唯一の居場所だったのに
どうしてあの日は何も連絡をせずいられたのだろう。
次に自殺した友人について。
彼女の名は山口那実。
那実は毎日会う仲間の一人だった。
私は彼女に交際を申し込み、2日でフられるという
涙ぐましいエピソードがある。
しかしそれは悲しい出来事ではなく、その件があってから
毎日会うようになったので逆によかった気もする。
周りの仲間は付き合っているものだと勘違いをしている者や、
どうして付き合わないのかと疑問を呈する者もいた。
彼女は天真爛漫で、あっけらかんとして少し馬鹿であった。
でもそこが私にとっては心地よかったのかもしれない。
負けん気も強く、男に媚びるようなことはなかった。
むしろ男に食ってかかるような気概さえあった。
そんな彼女が自ら命を絶ったのだ。
私にはそれがどうしても納得がいかない。
毎日会っていたはずの彼女と会わなくなった理由、
彼女自身が命を絶った理由、すべてがわからないままである。
私の記憶の整合性がないことを本格的に考え始めたきっかけは
この那実の自殺にある。
私は毎日会っていたにも関わらずある日突然会わなくなってしまった理由が
私自身にあるのではないかと思うようになった。
私が、何かしたのかもしれない。
私自身が何か仲間が集まれないような事件をおこしたのかもしれない。
私はこれまで綺麗に、まっとうに生きてきたつもりはない。
汚いことをしたきた。
人を傷つけもしてきた。
嘘をついてきた。
人に責任を押し付けたことも、誰かのせいにしたこともある。
たくさん迷惑をかけ、謝りもせず、素知らぬ顔でのうのうと生きている。
私自身、そういうことは覚えているつもりだ。
というより忘れることができない。
嘘をついたり、人を傷つけた時のあの陰鬱で、申し訳なくて
自分の周りの空気だけ消えてしまって、息ができずに死んでしまいたいと
思う気持ちは忘れられない。
そんな私だからこそ、この会わなくなった理由というものが
自分にあるのかもしれないという可能性を拭いきれないでいる。
もし、私が何も問題をおこさず今でも仲間と繋がっていて、
少しでもいいから、頻繁でなくてもいいから今でも仲間と集まり、
あの天真爛漫なはずの那実の話を聞ける場所があったなら
那実の選択は違ったものになっていたかもしれない。
もし私が何かをしてみんなが集まらなくなったとしたら、
那実の自殺をとめるきっかけを私が奪ったことになるのではないか。
今まで、那実が死を選ぶまで何も思わなかったということは
那実が命を絶つという決断に目を背け、
遠回しに後押しをしたような気がするのだ。
私自身が“何かしたかもしれない”という記憶の混乱が
無責任に思えて仕方がないのだ。
正直、死んだ人間のSNSが更新され続けていることなんてどうでもよくて
本当は真実を知りたいだけなのだ。
なぜ急に集まらなくなったのか。
私が何かしたのか?
命を絶つほどのこととは一体何だったのか。
この不可解な事件の先には全ての答えがあるような気がするのだ。
これから幾人かの当時の仲間と会うことになるだろう。
聞きたいことが聞けるかどうか、
話してくれるかはわからない。
今、私の送信済みメールのフォルダには、
懐かしい名前が幾人か並んでいる。