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【長編小説】分岐するパラノイア-schwartz-【C7】

<Chapter 7 不在の男>


藤村タカオ。

この男は高校の同級生で同じクラスだった。
とは言え、この男は1年の後半か2年に進級するかぐらいのタイミングで
退学していた。

会って話がしたい、那実の件や私たちの若い時のことを聞きたいと送ったメールに対して彼の返信は早かった。

結論から言うと、会えないとの返事だった。
メールを何回かやりとりをして返事は途絶えた。

会えない、というより会いたくないという感じが文面から読み取れた。

この“藤村タカオ”は高校のある時期から欠席が続き、
噂では病気で入院しているというようなことを聞いた。
はたまた、大学進学を目指す厳しいクラスと担任がいやになり
来なくなったとの話もチラホラ出ていた。

私はそのクラスで3年間を過ごし、県外の大学へ進学することはできた。
結果中退することになり、地元へ戻った。

地元に帰った私は好き勝手の限りを尽くしていた。
適当なバイトをして、金を持っていたら飲みに行き酒を煽り、
夜通し遊び回った。朝方家に帰り、数時間後にバイトへ向かう。
そしてまた飲み歩き遊び、朝方帰る、の繰り返し。
金がない日はずっとファミレスで過ごす。

実際曜日の感覚なんてなかった。
慢性的な寝不足とアルコールが残っていて頭ははっきりしないし、
1日の区切りがあるのかないのかさえわからない生活をしていた。

その時一緒にいたメンバーはとにかく数が多く、入れ替わりが激しい。
別に集合をかけるわけでもなく集まるのだ。

中田由真が言っていたように
「自分が行ったらたまたま誰かがいて、
誰かが来たらたまたま自分がそこにいる。」という状態で、
その飲み会やファミレスには誰が来るかも誰がいるかもはっきりしない。

一度に集まるとは言え、各々バイトをしたり用事などで来れない日があるのは当たり前だから毎日毎日メンバーが違う。
集まっても大体5人から8人。

ある程度決まったメンバーはいたが、きっちり揃う時は珍しかった。
そんな意味もなく集まるメンバーの中に藤村タカオもいた。

そしてここが摩訶不思議な点、いわゆる私の記憶の不可解なところである。

私はいつどこで、どうやって高校を序盤で去った“藤村タカオ”と
接触したのだろうか。

私が高校の頃やっと高校生も携帯電話を持つようになった頃である。
今のように当たり前なものではなく、
高校生で携帯電話を持つことは贅沢だった。

今の若い人はわからないかもしれないが当時はPHSという簡易的な携帯電話を持つことが多かったから、完全なる携帯電話を持つことは大人への第一歩だったように思う。

私も高校に入り、携帯電話の所有を許された。
これはご褒美でも甘やかしでも優しさでもなく、
ただ私を監視、拘束するためのものだったことに後に気づく。

高校の時、私は携帯電話を持ってはいたがクラスメイトすべてが持っているわけではなかった。

私のぼんやりとした記憶では藤村タカオは携帯電話を持っていなかった。
そして携帯電話を持たぬまま、高校を去って行った。
だからタカオの連絡先やメールアドレスさえ知らなかった。

高校を卒業した私は県外へ進学したし、高校退学後タカオがどんな生活をしていたかは知る由もなかった。

そんなタカオといつ、どこで、
どんな手段で接触することができたのだろう。

そもそも彼が高校を中退後、この地元に残っていることさえ知らなかった。
クラスメイトも授業や課題で忙しく、やめて行った者のことなど
考えている余裕はなく、私ももれなくそうだった。

高校卒業後も、彼のことなど頭になかった。

しかし、私が大学を中退し地元に帰り破天荒な生活を送るようになり、
まわりにたくさんの人がいるようになってからの記憶の断片の中に
“藤村タカオ”はいた。

気がついたらいつの間にかいた。当時のメンバーの中に。
いろんなことが起こったあの中に、確実にいた。

那実とも確実に面識がある。
那実の死を知ったあの電話をかけてきた中村麻衣子にも面識がある。

私とタカオと、那実と麻衣子の4人はかなりの頻度で一緒だった。
意味もなく街を歩き、300円以上するコーヒーを飲むかどうかで
一生懸命悩んだり、商業施設の店内を何度も何度もあてもなく
周回したりした。

タカオも私と那実との関係を知っていた。
私の那実に対しての感情と、那実の屁理屈をいつも心配していた。

ある商業施設の前をぶらぶら歩いていた時、
知らず知らずのうちに私と那実が二人並んで歩いていて、
それを後ろから見た麻衣子がカップルみたいだ、とタカオにもっと後ろへ下がるよう指示した。

麻衣子は4、5メートル後ろから
私と那実のツーショットを携帯のカメラで撮った。
そのバックショットを撮影された時、
私はカメラのシャッター音で気づいて振り返ると
ニヤニヤと笑うタカオと麻衣子。
その写真を那実に見せて、からかっていた。

那実は嫌がりながらもその写真をメールで送ってもらっていた。

その時もタカオは
「那実ちゃん、もう意地張らないで付き合ってあげなよ。
これもうカップルにしか見えないよ?」と
助け舟なのか余計なお世話なのかわからないがフォローをしていたのを
覚えている。

そんな思い出さえも、疑わしくなってくる。
いったいどうやってこの“藤村タカオ”と接触できたのか。
どの時点で彼は私と繋がったのだろう。

今現在の彼がどこで何をしているのかさえわからない。
私の会いたいというメールの時でさえ、
「会えない」ということを丁寧に、長々とお断りをするような
文面で現在の状況は話さなかった。
その文面は事務的で、
一緒に過ごした時間があったとは思えない文面だった。
藤村タカオは、那実の死にすら触れなかった。

彼の会えない、会いたくない理由はわからない。


カフェで中田由真は言った。
「わざわざ昔のこと考えながら生きてるわけじゃないの。」

「あの時からたぶん全員が自分のレールを進んでいるの。
あんたみたいにいつまでも昔に拘ってる人間なんていないと思う。」

この藤村タカオもそうなのだろう。
この男も何かしらのレールを進んでいて、
今を生きることが精一杯の幸せなのだろう。
私のように過去に拘り、記憶の断片を眺めて生きるほど
暇ではないのだろう。

藤村タカオの中では私は過去の人であり、
「ちょっと知っている他人」に成り下り、相手をする価値はないのだろう。
私だけではなく、あの当時もろとも葬り去りたい気持ちなのかもしれない。

彼とよく行ったバーへ行ってみた。
中田真由と待ち合わせをした街の端にある半地下にある小さなバー。
かなり前に、閉店していた。

“藤村タカオ”

君はほんとうに“そこ”にいたのか?






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