メタコミュニケーションの話

日本人は自分の考えや気持ちを他者にうまく伝えられません。その結果、
「優れた意見であっても効果的に伝えられず、他者に正しく評価されない」「自分の気持ちを適切な表現で伝えられず、他者との間に誤解を生み、人間関係を不満の多いものにする」といったことが起こりえます。

このままでは個人や集団、国家の判断主張が不当に低く評価されたり、また共同思考による問題解決に貢献できない、対人関係から国際関係に至るまで信頼感のある共感的な関係を築くことができない、といった問題に繋がります。

こうした問題を解決するためには、言語能力や情報技術のみでは十分ではなく、コミュニケーションに関わる人間の認知や感情を対象化してとらえるメタ認知が必要です。


コミュニケーション文化の違い

【欧米の言語文化】
欧米の言語文化は、文脈情報にあまり頼らず細部まで明確に言葉で表現するスタイルです(低コンテキスト文化)。欧米諸国は一般に複数民族で構成され、生活経験、ものの見方や考え方などが異なる人々の間で意思疎通を図ろうとするため、おのずと全てを言語化しなければなりません。

【日本の言語文化】
一方、日本の場合は、その場の状況や人間関係などの文脈情報への依存度が高く、言語表現そのものの明示性が低い「高コンテキスト文化」とされています。日本はもともと単一民族からなる村社会であり、生活経験、ものの見方や考え方などがよく似ているという歴史的背景があります。村社会のメンバーは家族のような親密な関係で結ばれているため、家族どうしのようなあいまいで省略の多い話し方で事足りていました。また、集団のメンバーが同じ意見でまとまることに価値が置かれていたため、個人はまず集団の規範に従い、個を前面に押し出すことは避けるべきと考えられていました。人前での意見の対立はよくないものとされ、意見調整はあくまで水面下で、しかも、たとえば飲食をともにしながら「あうん」の呼吸で円満に行われることが望ましいとされていました。そして、目下の者は目上の人間の考えを察してこれに合わせることが当然と見なされます。


コミュニケーション文化の変容

このような「日本的」コミュニケーションは終わりつつあります。その背景には次の3つの事情があります。

【1.国際化】
1つは国際化により、コミュニケーションのあり方が欧米基準になったことです。国際コミュニケーションでは曖昧さを嫌い、個人を前面に押し出す欧米型です。従来の日本型コミュニケーションでは大きな誤解を招き、不利な立場に立たされかねません。これは単に国際語としての英語のスキルを問う問題ではなく、ものの見方・考え方や対人態度とも関連する、コミュニケーションの本質的な問題です。

【2.情報化】
2つ目は情報化です。情報コミュニケーション技術(ICT)の進展により、多くの対面機会が電子メール等の電子コミュニケーションへと移行しました。これに伴い、コミュニケーションのあり方も変化しました。例えば電子会議は、書き言葉ベースであるため、あいまいな発言はしにくくなり、非対面ゆえ相手の顔色をうかがうことも不可能です。また、非同期コミュニケーションであるため、あいづちによる発話促進・発想促進も困難です。さらに、話し手が言葉に詰まると聞き手が助け船を出して後の部分を続けるという、日本固有の「共話」も不可能なため、自分で発言を完結させなければなりません。

【3.価値観の変容】
3つ目は、日本人の間で生じつつある価値観の変容です。日本の若年層の多くは、集団に自己を合わせたり、目上の人間に従い自分を押さえたりすることに価値を置きません。むしろ自分の考え、感情を大切にします。その結果、現在では、伝統的な日本型コミュニケーションは次第に通用しなくなりました。とは言え最近の日本人が、言葉による自己表現や自己主張において上達したわけでもありません。そのため、話し合いで折り合いをつけることが難しかったり、説明もなく唐突な行動に出たり、極端な場合には暴力に訴えたりすることも起こります。また、逆に、他者との直接的な関わりを避け、なるべく非対面のコミュニケーション手段に頼ろうとすることもあります。


日本人のコミュニケーション問題

現在の日本人が抱えるコミュニケーション問題として、次のものがあります。

1.自分の意見を述べたり説明したりすることができない
(上手く言葉にできない、話がまとまらない、話がそれる、異なる意見の人に自分の意見を言えない、相手の意見に合わせてしまう、など)

2.自分の気持ちを伝えることができない
(自分を出すことができない、相手の顔色をうかがう、当たり障りのない話しかできない、自分の気持ちを押しつける、など)

3.特に初対面やあまり親しくない相手との対面コミュニケーションが苦手
(身構える、目を見て話せない、うつむきがちに話す、小さい声で話す、メールの方が楽である、メールなら言いにくいことも言えるなど)



メタ認知の必要性

自分の考えや気持ちを相手にどう伝えればよいのかわからないという問題は、「言語表現力の乏しさ」だけでなく「自分の発言を相手がどのように受け取るのかが予測できない、相手の反応が読みとれない」といった問題にも起因します。

すなわち、自分とは異なる考え方感じ方をする他者が、自分の発言をどう理解しどう感じるかを、予測したり読みとったりする力が乏しいことも大きな原因です。そのために伝え方が分からなくなったり、伝えようとする意欲が低下します。そこで異質な背景・価値観を持つ他者のものの見方を理解し、相手と自分のコミュニケーションを対象化してとらえること、すなわちメタ認知が必要です。

例えば同じ内容を伝える際にも、どのような表現が相手に分かりやすいか(また、分かりにくいか)、どのような表現が良い感じを与えるか(また、嫌な感じを与えるか)、そしてそれはなぜなのかを理解し、相手と目的に応じて望ましい表現が使用できるようにすることが重要と考えられます。

他者に自分の考えや気持ちを伝え、理解してもらうためには、自分の中での考えや気持ちと、他者に向かって表出する表現のギャップを埋め、また、自分の表現と相手の理解のギャップを埋める必要があります。コミュニケーションにおいてこうしたギャップはつきもので、このギャップを埋めるためにはメタ認知が欠かせません。



メタ認知の種類

メタ認知には次の2つがあります。
・メタ認知的知識
・メタ認知的活動(メタ認知的モニタリング、メタ認知的コントロール)



メタ認知的知識

【1.人間のコミュニケーション特性についての知識】
・個人のコミュニケーション特性について
  (例、私には自分の気持ちを伝えるための語彙が足りない)
・個人間のコミュニケーション特性比較について
  (例、AさんはBさんより討論の進行が上手だ)
・一般的なコミュニケーション特性について
  (例、伝えたつもりのことと伝わったこととは異なる場合がある)
【2.課題についての知識】
 (例、プレゼンテーションは受け手の理解を得るためのものだ)
【3.方略についての知識】
 (例、わかりやすい資料を作るためには,図解表現を用いるとよい)


メタ認知的活動

【1.メタ認知的モニタリング】
 (例、このレポートは論理的に文章を展開しているかといった、コミュニ     ケーションについての点検や予想,評価など)
【2.メタ認知的コントロール】
 (例、説明が聞き手に理解されていないようなので具体例を紹介しようと    いったコミュニケーションについての計画や修正、目標設定など)

後者の「メタ認知的活動」は、通常の認知活動に比べて、より高次な知的活動です。メタ認知的活動が適切に行われなければ、コミュニケーション経験を積み重ねても上達しません。また、メタ認知的知識が誤っていれば、コミュニケーションを改善しようとする努力も的はずれなものになりかねません。コミュニケーションに対するメタ認知を支えるものは、コミュニケーション現象に対して「なぜそうなるのか?」「どうすればよいのか?」と問う姿勢です。



メタ認知を鍛える方法

それでは、メタコミュニケーション能力を育てるためには、どのような方法が必要でしょうか。参考までに、鳴門教育大学のコミュニケーション授業で実際に行われた内容を抜粋します。

・自分のコミュニケーション特性を理解する
・自分のコミュニケーションの問題点をふり返る
・言語表現の誤解経験をふり返る
・コミュニケーションが対人認知に及ぼす影響を考える
・冗長な談話に対する反応を理解する
・伝達段階での情報の歪みを理解する
・説明の方法を工夫する
・説得力を持つ意見の述べ方を考える
・あいづち, うなずきの発話 ・ 発想促進効果を理解する
・二人と三人の共同思考を比較し, 違いを考える
・対面コミュニケーションと電子コミュニケーションを比較・考える


参考文献

三宮真智子、思考・感情を表現する力を育てるコミュニケーション教育の提案: メタ認知の観点から、鳴門教育大学学校教育実践センター紀要 19, 151-161, 2005

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