ジョコビッチが好き
私はジョコビッチが好きだ。正確に言うと、ジョコビッチ・ウォッチがおもしろい。
テニス選手として、少なくとも去年までの10年間は圧倒的に強かったし、世界No.1の最長記録更新、という絶対王者感だけではなく、一人の人間としての葛藤や脆さも見え隠れする、それがリアルタイムで進展していくのを見ていて、下手な映画や小説よりも本当におもしろいのだ。
例えば2021年8月、愛国心の塊のようなジョコは、絶対にオリンピックで勝ちたいという思いが強すぎて、結果、東京の暑さに負けてラケットを無人の観客席に放り投げたり破壊したり、というブチキレぶり。そこから立ち直って、翌9月のUSオープンで、年間グランドスラム達成まであと1勝という決勝戦で、おそらく体力的なことよりも、その年間GSを絶対に取りたい、それを取ったらオレは歴史を塗り替えられる、とそこに意識が行ってしまって、あっけなくメドベデフに3−0で負けた。そして、負けつつも、NYのファンの声援(本当にジョコを応援していたというよりも、試合が3セットで終わってほしくなかったのだろうが)に涙するあたり、エゴ(自我)を乗り越えられていないし、弱さが見え見えで、あまりにも人間的だ。
セルビアという小国で内戦の子供時代にテニスをしながら世界No.1プレイヤーに「成り上がった」ジョコは、フェデラーやナダルというお行儀のいいエリートテニス選手と同じようなファンの応援は今まで得られなかったのだ。そんなファンの愛をUSオープンで、負けながら、ようやく感じた、それに素直に涙するジョコ。
それでいて、成功、金、名声、体制などにとらわれず、つまらないルールには従わない。ワクチン接種が出場条件のオーストラリアオープンで、それに従わなかったジョコビッチは、一時は招待されたものの、ビザに不備があり入国を許すとオーストラリア人のワクチン接種に対する姿勢に悪影響を与える可能性がある、などという理由をつけられ国外退去になり、テニスファン以外の世界の注目をも浴び批判される結果になってしまった。世界的に有名な人物は進んでお手本を示さないと見せしめになる、という有名税のようなものかもしれない。
しかし、そういった代償を払っても、自分の人生哲学により正直であろうとする。小さなところではいろいろとルールを無視したりしているかもしれないが、本当に大事なことは守る。つまり、例えばワクチン接種は個人の自由であるべき、ということだ。ワクチン接種にはいろんな意見があるだろうが、究極的には人に迷惑をかけない限り、つまり拡散の一端を担わないように気をつけている限り、個人の自由であるべきだ。例えば、ラケット破壊は決してほめられたものではないが、それ自体は人に危害を加えるものではない。ジョコはイラついて無造作にボールをラケットで打ってラインズパーソンの喉にあててしまい失格になった2020年のUSオープンで、人を傷つけてしまう恐ろしさが痛いほどわかったはずだ。だからそこから学んで今度は無人の観客席にラケットを投げたというわけだ。No.1プレイヤーだから子供のお手本にならないといけないから、そのフラストレーションの爆発を全員が抑えないといけないか、というと、子供は無人の観客席にラケットを投げたり、ネットの支柱でラケットを壊したりすることが即、暴力につながらないことはどこかでわかっている。子供はそこまで単純ではない。
ジョコにはそういう本質的なところがわかっているし、自分が(それに人もみんな)不完全なこともわかっていて、日々、学んでいる。学びながらも、優等生にはなろうとしない。ATPの中でも無名プレイヤーの立場を向上させようと活動してきたし、今年のウィンブルドンがロシアとベラルーシの選手を出場禁止にしたことに関しても、真っ先にその決定を支持できない姿勢を表明した。体制に巻かれるのではなく、弱い立場の人間を進んで支援する態度、人に怪しいと思われようが、自分が信じている健康や精神世界に関することを、不用心に発言しYouTubeにあげたりする、その「守りのなさ」、そういうところすべてがジョビッチという人間の魅力なのだ。
今年はワクチン未接種問題で出場試合数も少なく、若手もあがってきている中、ジョコビッチがどこまで食い込めるか、その苦境をどう乗り越えるのか、ぜひドラマをみせてほしい。
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