想像と180°違ったママたちのはなし
とても久しぶりに記事を書こうと思います。
ハッとしたお話。
良かったらお付き合いください。
今日は「想像と180°違ったママたち」のおはなしです。
■「私は小さい頃から人間観察が大好きです」
新卒の履歴書でこう書くと「みんなそうだ。特徴がない。となる」と
何かの本を読んでから、あまり口に出さなくなりました。
具体的には、カフェに入るとガラス越しに歩く人を
じーっと見ることができるカウンター席が好き。
仕事しているふりして隣の人が何のお話しているか聞き耳立てたり、
野球観戦に行っても野球を見ている観客が気になっちゃったり。
「あの売り子さんうまいな。彼氏はメロメロだろうな」
「あのおじさん絶対あの娘からビール買うな。すけべ」
「あのボールボーイをずっと見ていると面白いな。日中何してるんだろう」なんて。
人間観察自体というよりは、そこから得た情報で
「この人はどんな生活をしてるかのかな」と想像したり、
「私だったらこうするな」と勝手に
脳内で会話してみたりするのが好きです。
私大丈夫かな。みんなもきっとするよね、、、
そして私の悪い癖はそこから「この人はこういう人だ!」と
決めつけがちなところ。
■カフェで出会ったママ
その日は1歳になったかならないかの娘を夫に預けて
カフェで仕事をすることに。
8:00くらいだったかな、オープンと同時くらいなのにもう1組の先客が。
お母さんと娘。
娘は見た感じ4歳前後。
子供好きな店長さんとキャッキャと元気に遊び
ママはモーニングをがっつり食べながら新聞だったか本だったかを見ていました。
「子供から目を離して自分時間を過ごしている」
生まれたてのふにゃふにゃな娘と暮らして、
目を離すなんてあり得ないという「固定観念」でギチギチに縛り付けられていた私は、急にそのママが悪魔のように見えました。
「同じ空間にいながら、人に子供を見てもらいながら
自分時間を確保しているのか」
(今思えば当時私も夫に娘を預けて自分時間を過ごしにカフェに、、、)
そこで違う常連さんが来店。
悪魔のママともお友達のよう。
娘と店長さんが遊んでいる経緯を話始めたので
お得意の聞き耳を立てる。
そしたら全然違う経緯だった。
ママは朝いつも通り保育園か幼稚園に向かっていた。
すると娘が「イヤイヤ」とぐずり、道で動かなくなった。
だから家と園の間にあるカフェに寄って気分転換をすることに。
その時ママは朝の支度に追われて朝ご飯も食べてなかった。
それを知った店長さんは子供の面倒を見ておくから食べなーと言ってくれた。
今なら分かるけど、子供はイヤイヤを発動したらもう手をつけられない。
選択肢01:一旦おうちに引き返したらもう行かなくなる
→ママは1日付きっきり。お仕事も家事もできない。
選択肢02:無理矢理抱えて園に向かう
→泣き声のボリュームが上がって、嫌な目で見られる。暴れている場合は抱っこから落としかねない。
選択肢03:機嫌が直るまでその場で何とか交渉する
→その場に泣き声が響いてご近所迷惑。ひどいとご近所さん出てくる。
「ママ自体が嫌」という場合も。辛い。
選択肢04:「近くのカフェに行こう、〇〇飲もう、店長と遊ぼう」と環境を変える
→「うん」と言ってくれる確率高そう。大正解。
「あれ、このママ天使じゃん。しかも子供のことちゃんと分かってる」
急に悪魔な想像をしていた自分が恥ずかしくなった。
■公園で出会ったママ
これは最近お話。娘は2歳になり、自分で歩くことも走ることもできる。
大きい遊具も1回成功すれば次からは1人で挑戦できる。
その日は私・夫・娘の3人で近所の公園に遊びに行くことに。
休日は遊園地並みに混む。
大きな遊具は大体、対象年齢が6歳〜12歳だが
「危ないから」とついて回る大人もいるし、
5歳以下の子ももちろんいる。
一方通行でもないから、いたるところでぶつかったり渋滞が起きる。
私のお気に入りは以前娘と2人で滑ったローラーの滑り台。
とても楽しかったから夫に「娘と一緒に滑ってみたら?」と提案。
私は降りてくる様子が見える近くのベンチで休憩。
「親が子供を見守る気持ちってこんな感じなんだな〜」なんて
ほっこりしながら滑り台を見てみると、かなりの大渋滞。
5歳くらいかな?滑ってみたは良いものの、怖くて進めない女の子が滑り口付近にいる。
長らく待たされている子供や子供と一緒に待つ「イクメン」的なパパたちの視線がビビるほど痛い。グサグサくる。
(私はイクメンという言葉が好きではない。笑)
「嫌になっちゃうな〜」なんて見ていると、待ちくたびれた同年代くらい男の子が「早くしろ〜」と声を上げ始めた。それも1回でなく何度も。
女の子の近くに寄り添うママらしき人が「ちょっと待ってあげて〜」
と優しく声かけする。胸元には生まれたての赤ちゃん。
「我が子が同じ状態だったら娘が嫌がっても
背中を押して滑らせちゃうけどな〜」なんて思いながら見ていると
少しずつ進み始める女の子。
決して急かさないママ。
やっと滑り終わると、心の中で一緒に喜ぶ私。
次に滑ってきた父と娘がそのママに「ありがとうございます」と言いながらピューンと滑っていく。
滑られなかった当の本人はいつの間にかいない。
ママはまだ誰かを待っている。
「あれ?ママじゃない!」
その女の子の何人か後に1人で滑ってきた女の子のママだった。
「え、知らない子だったんだ。困ったから寄り添っててあげていたんだ、、、」
またまた、我が子に過保護すぎるママを想像をしていた自分が
恥ずかしくなった。
■素敵ママになりきれない私
「もうこんな風にマイナスな目で見るのは本当にやめよう!」
公園のママの姿を見て、カフェのママを急に奮い立つ私。
そんなこんな考えながらぼーっとしているのに我が娘が滑ってこない。
待てどなかなか、滑ってこない。
そして目の前にはローラーをずっといじっている男の子。
滑ってくる子にぶつかりそう。
「危ないな〜」なんて見ていると
また渋滞が発生する。
周りに大人はちらほら。でも近づく気配がない。親がいない。
そしてまた列の冷めた目のイクメン、、、笑
「これは勇気を出さねば!」と男の子の肩をトントンする私。
男の子は私の声にあまり反応しない。
「ぶつかっちゃうから危ないよ〜少し離れてみてようか?」
聞いてくれない男の子。少し強引に動かそうとしても動かない、、、
「あ!楽しかったのか!じゃあもう1回滑ってみたら?」
少し考えて「……うん!」と頷く男の子。
無事渋滞解消。
その後も続々滑る子供たちを見ながら、急に我に返ってポーとする私。
早くしろと言った男の子の親はどこ?
滑るのを躊躇していた女の子の親はどこ?
ローラー触っていた男の子の親はどこ?
急に苛立つ私。
「あの人、良いママだったな」とほっこり終われば良いものの、
自分の子供の近くにいない親たちに急に苛立つ。でも数十秒前に「悪い見方をするのはやめよう」と決心した手前
「小さい兄弟がいるのかも。
それか、子供が急に遊びに走り出して追いついていないのかも、、」と
自分の苛立ちに謎の言い訳を始めながら、
他の子は親に怒られて自粛しているスケボー滑り(立ち滑り)を
楽しげにするイクメンに視線で怒りをぶつける。
思考まではすぐに素敵ママには成りきれない私。
■自分の「悪魔づくり」の癖を認識
結局この2つの話で何が言いたかったんだい?ってことですが、、、
やっと自分の「悪魔づくり」の悪い癖を認識できた。
そして「考え直そう」と思えた。ということです。
冒頭でお話しした通り、幼い頃から
人間観察をしては勝手な人間像を作っていた。
そしてそれは決まって悪い方に考えることが多かった。
しかし「カフェのママ」に出会い、
忘れた頃に「公園のママ」に出会い、
どちらも良い方に180°ぐるっと印象が変わったことで
やっと自分の「悪魔づくり」の癖を認識できた。
はっとした。
■「人間観察が好き」はもう言わない
その人が私の目の前にいる瞬間なんて本当に一部分。
その人が起きてから(生まれてから?)そこに至るまで
そしてその後に何が待っているかなんて分からないまま
その人の人生をのぞいたような見方はもうやめます!笑
ただ表層的に「あの服かわいいな〜」くらいがちょうど良いのかもしれません。
その程度ならもう「人間観察が好き」では無い気がする。
■次回予告
ここまで長々と読んでくださった方、本当に本当にありがとうございます。
久しぶりに文章を書くとまとまりませんね、、、
次回は、ママになったからこそ経験できていることや気づきについて
話してみたいなと思っています。
※次回から数十円の有料にしようかな?と思っています。
(不特定多数の方に読まれるのが少し怖いため)
よかったらまた見に来てください。