【読書感想文】有吉佐和子『恍惚の人』
ついこの前、『悪女について』を読んでから、有吉佐和子にハマりました。
遅読の私でもさらさら読み進められるのがうれしくて、うれしくて。
今回読んだのは『恍惚の人』。
ひとつの家族の人間模様を通して日本の老人介護問題を描いた、長編小説です。書かれたのは1972年、50年以上も前の作品なんですね。
本作は認知症を日本でいち早く扱った文学作品といわれています。
当時でなんと194万部ものベストセラー、その年の国内年間売り上げ1位にまでなったそうです。
そんな本作を読んで、私が思ったこと感じたことを共有させてください。
あらすじ
昭子は姑の死をきっかけに、舅である茂造の異変に気づく。茂造は認知症になっていた。耄碌していく舅をひとり支える昭子、老いの現実に直面して呆然とする夫、若さにあふれる息子。彼らの日常を通して、「老いて長生きするのは本当に幸せなのか」「日本の老人福祉政策はこれでいいのか」といったテーマが浮き彫りになる。
感想
認知症の人から見える世界
茂造は認知症のために、過食や徘徊といった症状が現れる。さらに、誰が誰かもわからなくなり、果てには自分すらもわからなくなる。周囲が彼の介護に奔走する中、一人ぼんやりと遠くを見つめ、時に微笑みをたたえる茂造は、まさしく「恍惚の人」である。
彼の見ている世界はどんなものなのか、私にはまったく想像がつかない。もしかしたら、彼は自分が老いていく中で何かを探しに、その精神世界で歩き回っているのかもしれない。過去と現在、現実と幻覚が交錯するその世界には、おそらく言葉では捉えられない感覚や感情が渦巻いているのだろう。
刻一刻と迫る「老い」
今作は茂造の認知症の他にも、物忘れや斜位など、「老い」についての描写が随所にある。日常の中で気づくそれらは、彼らに漠然とした不安と死への恐怖をもたらす。自らの老いを受け入れるのか、それとも目を背けるのか。歳を重ねることは避けられない現実であり、それにどう向き合うのかが問われているのだろう。
自分も歳をとったなと思っていたが、私にはまだ老いは他人事にしか感じられない。どこかで聞いた「今日の自分が一番若い。明日になれば1日分だけ老いている」という言葉が思い出される。
昭子という女性
有吉佐和子の描く女性は一本芯が通っていて、好感が持てる。
もちろん、本作の主人公である昭子も例外ではない。
昭子は家事を切り盛りして家庭を支える傍ら、弁護士事務所でタイピストとして働く職業婦人だ。それが茂造の認知症が発覚してから、彼の介護も昭子の仕事となった。
しかし、夫は現実逃避のためか介護に協力しようとしない。息子はかろうじて手伝ってくれるが、まだ高校生の彼にとって老いは他人事である。茂造をたった一人で介護をすることになった昭子は、心身の苦しさと寂しさを抱えることになる。それでも、昭子は現実に立ち向かい、へこたれずに前に進んでいく。この力強さには憧れる。
また、他者が昭子に見る「舅を献身的に介護する嫁」の像に悩む姿や、行動の空回り、時にヒステリックな心情の吐露もとても正直で人間らしい。
等身大の人間の描写は有吉佐和子の真骨頂であり、その巧みな筆はリアルを浮かび上がらせてくれる。
そして、人々が老いから目を背けたり他人事にする中、自分も老いの一途を辿っていることを見つめ、それに向き合おうとする昭子はとても美しい。
編集後記
「老い」や「老人介護問題」という非常にヘヴィーなテーマを、日常とシームレスに、さらにユーモラスにも書ける有吉佐和子の手腕には驚くほかありません。おかげで、さらりさらりと読めてしまいました。
やっぱり、有吉佐和子の作品は面白いですね。
また、本作を読む中、そして感想を書く中で、父方の祖父の自宅介護の際に私は目を背けてしまっていたことが思い出されて、胸が少し痛みます。これを介護職の母が読んだらどんな感想を持つだろうと思って、本を貸しました。他の人はどんな感想を持ったのでしょうか。とても気になります。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
また、観たり読んだりした作品の感想について、のんびりと書いていこうかと思います。
読了:2025.1.15 Wed.