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俳句のいさらゐ ❇❇❇ 松尾芭蕉 酒堂宛書簡の句より。「夏草に富貴を飾れ蛇の衣(きぬ)」

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この句は、元禄3年4月16日の門人酒堂宛ての書簡にある。義仲寺の草庵から、同年4月6日に門人曲水が提供した幻住庵に移って間もない時期に、幻住庵からこの書簡を出している。幻住庵に移ってからは、連日、門人の怒誰、如行、此筋、千川らにも書簡をしたためている。

画・( 門人 ) 破笠 「芭蕉像」

「夏草に富貴を飾れ蛇の衣(きぬ)」
この句の意味は、こういうことだ。
幻住庵は草が延びて、蛇が庭を跋扈 ( ばっこ ) している、そんな処だが、漂泊者に住まいを提供してくれる人がいるのは、何とありがたいことだろう。また仏教の教えでは、脱皮を繰り返す蛇は、どんどん姿を新しくするので、金運を招くとされ、お守りにすると効果をもたらすそうだから、蛇が脱ぎ捨てた皮を庭の彩として置いておけば、私を富貴にしてくれるだろう。
夏草の茂りの中の蛇の抜け殻とて、何の役にも立たないものではなく、物は見ようでさまざまに味わえるものであろう。
こういう人を食った感と滑稽味の混じる句である。

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この句を送った酒堂 ( しゃどう ) とは、どういう門人であったか。
元禄2年入門の医師、濱田酒堂。後年医師をやめ、上方で俳諧師となった。別名で、珍夕、のちに珍碩 ( ともにちんせき ) と号した。
酒堂の名は、自分の近江膳所の住まいを洒落堂 ( しゃらくどう ) と命名していたことによる。洒落堂には茶室が二つあることを「洒落堂記」で芭蕉は書いている。酒堂は、格調ばらない飄逸の味を俳句に求めていたように思える。下に挙げた句などにそれがよく見える。
元禄5年には江戸へ出て、芭蕉庵に滞在もしている。芭蕉が心許した門人であった。

人に似て猿も手を組む秋のかぜ  珍碩 『猿蓑』
日の影やごもくの上の親すゞめ  珍碩 『猿蓑』  ※ごもくは水草

「夏草に富貴を飾れ蛇の衣(きぬ)」を送った相手が、酒堂だったのは、この句から、飄逸の味をよく学んでくれる門人だと思っていたからであろう。

画・池大雅 「芭蕉像」部分 水墨淡彩

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この句の対局にある句として、『奥の細道』の中の、「五月雨の降り残してや光堂」を思う。
文句のつけようがないほど美しい平泉光堂を、まるで風雨に晒された様子が見えないと吟じたのだが、光堂には及ばぬまでも、『奥の細道』の旅では、ゆく先々で、深川の芭蕉庵に比べれば、御殿のような宿を有力な支援者に提供され、宿のゆかしさを褒める句を残してきている芭蕉である。
漂泊の日々にあえて身を置き、草庵の気ままな暮らしを謳歌していても、富貴にはあこがれがないわけではない、そのために金運がつくという蛇の衣よ、私を富貴にしてくれよ、という俳人としての心の持ちようとは対照の物言いが、尊敬される俳諧師として、世の中の富貴の一端は味わって来た身だからこそ、卑屈に響かず効いているのである。
つまりこれは、金儲けに躍起になっている世相への辛辣なアイロニイである。

夏草の茂り

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また受け取って読んだ酒堂が、どきりとするであろうことも意図している気がする。
それはどういうことかと言えば、先に述べた、茶室が二つもある酒堂住まいのことを書いている「洒落堂記」を思い出してみればわかる。
住まいの雅な佇まいと、その主の風流を大いに褒める一文を送った相手に対し、私の方は、あなたのお屋敷などとは雲泥の差で、こんな茅舎ですよ、というふてくされめかした感覚の句を送っているのだ。
幻住庵の細部まで誰よりも知り尽くしている門人に、あえて露悪的ともとれそうな念押しの句を添えたのである。
それを、師がおどけていると面白がって受け止めるのは、酒堂しかないだろう、と芭蕉は思っているようだ。
近況を句にしているのだから、住まいを提供してくれた曲水に宛てた書簡に添えてもおかしくない句なのだが、これは謹厳の士、曲水が読んでも、その滑稽味を加えた作風を感心してはくれないだろうと思ったのではないだろうか。

さらにこの句が意味するところが、幻住庵には、夏草が生い茂っていて百足や蛇に悩まされ、何ともむさ苦しいと言っているとも裏読みされそうな内容なので、幻住庵を提供してくれた曲水の気を悪くさせかねないという思いは当然芭蕉にはあっただろう。
それやこれやで、同じ近江蕉門の両翼と言える門人ながら、曲水には渡せない句であろう。

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この書簡には、もう一句添えられている。そしてこの二句について、「二句の境、愚意に落ち申さざる儘、外へ御語り御無用に候」とある。二句の内どちらを採るべきか決まらず、ご覧いただくのは、あなた限りにしておいてくださいと断っている。
先に述べた芭蕉内心の思いを想像させる一文であろう。芭蕉は、出来た句を誰に見せればよいか、その相手をいつも熟慮している。 
                   令和5年4月          瀬戸風  凪
                                                                                                    setokaze nagi

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