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和歌から名付けの、和菓子名あれこれ
和歌のことばから名付けられた和菓子は、調べてみると、さまざまに探し当たる。そのいくつかを示してみよう。
なお、創作の煉りきりに付けられる「竜田川」「飛び梅」などの、いわゆる菓銘は対象にしていない。
ある菓子匠の創意による菓子のみとし、和歌のなかのことばが、そのまま名前として使われているもの、土地との関係性が明らかなものに限った。
また、私が食べたことがある菓子には、🤤のマークをつけた。
✳✳✳✳ 江戸時代の藩主編
⬜ 山川 🤤
散るは浮きちらぬは沈む紅葉葉の影は高尾の山川の水 松平不昧
🈺 風流堂 島根県松江市矢田町250-50
松平不昧(1751~1818年)は、江戸時代の親藩松江藩の名君と称された藩主。菓子好きには説明は不要の人だろう。松江へ行くと、松江を茶所にした松平不昧 (公) の名を随所で見る。
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🟩 若草 🤤
曇るぞよ雨振らぬうちに摘みてこむ栂尾山の春の若草 松平不昧
🈺 桂月堂 島根県松江市天神町97
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✳✳✳✳ 古今和歌集編
⚪ 亀乃尾
亀乃尾の山の岩根をとめておちる瀧の志ら玉千代の数かも
(紀惟岳ーきのこれおか)古今和歌集
🈺 瑞宝軒 三重県亀山市御幸町231-54
歌人の、きのこれおか、地名の亀の尾は、ともに不詳。
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⬜ 志ほかま
みちのくはいづくはあれど塩竃の浦こぐ舟のつなでかなしも
よみ人しらず 古今和歌集
🈺 丹六園 宮城県塩竈市宮町3-12
塩釜神社参道の名物。歌の、「いづくはあれど」は、他の場所はともかくとして。塩竃の浦は、国府の置かれた多賀城への入り口であった場所。
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✳✳✳✳ 万葉集編
🟤 つばらつばら🤤
浅茅原(あさぢはら)つばらつばらにもの思へば故(ふ)りにし郷(さと)し思ほゆるかも
大伴旅人 万葉集
🈺 鶴屋吉信 京都府京都市上京区西船橋町340−1
歌の意味は、浅茅原を前にして、つくづくともの思いに耽れば、昔日の故郷のことが自然に思い起こされて来ることだ。
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🟫 むろのき🤤
わぎもこが見し鞆の浦のむろの木はとこよにあれど見し人ぞなき
大伴旅人 万葉集 巻三
🈺 お菓子処三河屋 広島県福山市沖野上町4-15-27
太宰府の任を終え、京に帰る際に鞆に寄港、湊のむろの木をかつてともに見た妻が、今はもういないことを悲しんだ大伴旅人の歌。
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🔶 月の舟
天の海に雲の波立ち月の舟星の林に漕ぎ隠る見ゆ
柿本人麻呂 万葉集
🈺 天平庵 奈良県桜井市吉備
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🟡 明石大門(あかしおほと)
ともしびの明石大門に入らむ日や漕ぎ分かれなむ家のあたり見ず
柿本人麻呂 万葉集
🈺 あずき処 千賀 兵庫県明石市明南町1-4-5
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⚫ 弓月(ゆづき)
あしひきの山川の瀬の響るなへに弓月が岳に雲立ち渡る
柿本人麻呂歌集出 万葉集
🈺 御菓子司萬々堂通則 奈良県奈良市橋本町34
歌の意は、山から流れ来る川瀬の音がごうごうと鳴り響くのに合わせたように、眼前の弓月嶽に雲が立ち渡ってゆく。
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⚪ とこなつ
立山(たちやま)に降り置ける雪を常夏(とこなつ)に見れども飽かず神(かむ)からならし
大伴家持 万葉集
🈺 大野屋 富山県高岡市木舟町12番地
歌の意は、立山(たちやま)の雪は夏でもいつまでも消えることがなく、いつ見ても飽きることがない、神々しいからであろう。
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🟩 青丹よし
青丹よし奈良の都は咲く花の匂ふがごとく今盛りなり
小野 老(おの の おゆ) 万葉集
🈺 千代乃舎竹村 奈良市東向南町22番地
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🟧 青丹よし
🈺 御菓子司萬々堂通則 奈良県奈良市橋本町34
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✳✳✳✳ 新古今集編
⬜ 雲がくれ (越乃銘菓雲がくれ)
めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に雲がくれにし夜半の月かげ
紫式部 新古今集
🈺 米納津屋 新潟県燕市吉田上町2-16
歌の意は、逢ったものの、気づかぬうちに夜更けの月が雲に隠れてしまうように、貴方はあわただしく姿を隠してしまわれました。
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✳✳✳✳ 天皇御製編
🔘 小男鹿 (さをじか)
月もいまのぼらんとする山の端にたかく聞ゆる小男鹿のこゑ 明治天皇御製
🈺 小男鹿本舗富士屋 徳島市南二軒屋町一丁目
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他にもまだまだあることだろう。気づかぬまま、食べて忘れているものもある気がする。
和菓子の名は、このようにゆかしくあってほしいと願う。
令和5年5月 瀬戸風 凪
setokaze nagi