「利他」とは何か を読んで
最近Canvaを使うことにハマっている。
「考えることは罪じゃない
書くことは素晴らしい」とテンプレートがあり
考えながら書こうと思ってnoteを書き始めた。
なぜだろう、
早番の前の日って夜ふかししたくなって
noteを書きたくなる。笑
〜本題〜
以前に参加した読書会で「利他」とは何かを読んだことがあった。本の中で「計画倒れをどこか喜ぶ」というページがあって、今日の出来事を振り返ったときにこのページのことを思い出した。
日勤帯リーダーのスタッフより「みんな軽介助の人なのにどうしてそんなに入浴の時間かかるの?
1人1時間かかったの?入浴拒否をしないのに時間がかかるのはおかしい」など言われたときに
今までだったら落ち込んでいたけど「そういえば、計画倒れについて書いてある本あったな、利他とは何かだ!」と心の中で余白が生まれていた。
経緯としては利用者さんの様子について報告をするためいつもより入浴終了時間が遅くなった、ということだったが
自分の中では報告内容が受診につながって良かったと思っており、入浴終了時間がいつもと違うことは問題だと思わなかった。
軽介助の人だからいつでも時間通りに終わるわけではないし、1人1時間も入浴してたらのぼせちゃうし、入浴拒否がないから早く終わるわけでもないことは本人に伝えたら火に油を注ぐみたいだから言わないけど、私がリーダーになったときは発言内容に気をつけようと思っている。
簡単な人、大変な人って表現を
現場でたまに聞くけど
無意識の差別ってこういうところからもくるのかなと思った。
本の中には
『たとえば「一〇時までに全員入浴」という計画を立てたとします。けれども、それを実行することを優先してしまうと、それがまるで「納期」のようになってしまって、お年寄りを物のように扱うことになる。お年寄りは、そんなビジネスの世界には生きていけません。』と書かれている。
何時までに全員入浴という目標があるからと言って入浴対応中に気づいたことを気づかなかったふりはできないし、そんなことしない。
お年寄りを物のように扱うなんて絶対にしない。
STOP!ネグレクト!
私のおばあちゃんはおじいちゃんが怪我したときに「自宅で一緒に暮らしたい。施設だとちゃんと見てもらえないかもしれない。」と不安を口にしていた。
在宅がいい、施設が悪いというわけではなく
本人の意向が一番大事である。
5年間施設で勤務してきて
施設介護の存在意義について
考えることが今後の私のテーマ。
ここを選んで良かったと思ってもらえるような
施設(現場)にするために
まずは計画倒れをどこか喜べるような余白をつくることがよりよいサービスの提供につながるのかもしれないと思って、明日も1センチ前に進む!