【後編】身近な自然への気付きが、子どもの可能性を開く~横須賀市・堀井靖世さん、松田真和さん、NPO法人三浦半島生物多様性保全・天白牧夫さん~
前編は里山環境の保全活用の話を軸に、自然を介したゆるやかな人と人のつながりが生み出す学びについて語り合いました。
この後編では、小学校での環境学習にフォーカスを当てていきます。話題の中心となった「学区の自然環境体験事業」は、学区内の自然環境に対して子どもたちが抱いた興味関心に応じて、各クラス独自のプログラムを提供する取り組みです。
一定の考え方を押し付けるのではなく、子どもたちのワクワクを引き出す。自然での学びの本質を理解している大人たちが連携し合えば、学区という小さなエリアが、子どもたちと地域全体の未来を拓く可能性に満ちた場になることが見えてきました。
(前編はこちら)
学区というフィールドを環境視点で見つめる
千葉 私が横須賀市の環境への取り組みに関心を持ったのは、会社として里山の事業に参画したのがきっかけだったのですが、市の環境教育についてリサーチする中で「学区の自然環境体験事業」を知り、内容の充実ぶりに驚いたんです。改めてどういった事業なのかご説明いただいてもいいでしょうか?
堀井 環境に関心を持つ機会を提供しようと始まった小学生向けの事業で、それぞれの学区をフィールドとしたオーダーメイドのプログラムを組んでいることが特徴です。フィールドワークと座学のワンセットを基本として、もっと深掘りしたいという学校に対しては、継続して活動機会を設けるというかたちで実施しました。
松田 2017年度からの3か年で市民協働モデル事業として行って、市内46校のうち20校で実施しました。現在は市の事業に移行しているのですが、3か年の事業モデルをご提案いただき、実行委員長を務めてくださったのが天白さんです。
千葉 この事業は、まずオーダーメイドという細やかさが、際立った特徴ですよね。どういったお考えでご提案されたんですか?
天白 市が設けた事業公募のテーマは本来、「体験学習の受け入れフィールドの開拓」というものだったんです。市内では県立公園の観音崎、無人島の猿島という2か所が体験学習スポットになっていて、それに次ぐ3か所目をつくろうという趣旨。でも、横須賀はある程度の広さがあるだけに、すべての小学校が同じ場所に行くというのは効率的ではないですし、子どもたちにとっても「遠足」になってしまってしまうので、体験としてはレジャーランドに行くのと、そう変わらない。だったら、学区という身近な場所を環境というフィルター越しに見つめて、良いところも課題も考えてもらう事業はどうだろうかと思ったんです。
千葉 言ってしまえば、趣旨を無視したかたち(笑)。
天白 そうなんですよ。でも、それが採択されたんですから、行政もかなり思い切った判断をしましたよね。
千葉 学区によって異なる環境をプログラムに落とし込むとなると、なかなか大変だと思うのですが、授業はどのように展開していくんですか?
天白 学区ごとの特徴を洗い出した「身近な自然を知るマップ」をもとに、最初こそ私たち外部講師と担任の先生とで大きな方針を相談するところから始まりますが、あとは授業の中で子どもたちから出てきた要望によってクラスごとのメニューを決めていきます。
内側から湧き出るワクワクを大切に
千葉 学区で活動場所を区切りながら、さらにクラス単位でプログラムを細分化しているんですね。やはりそれぞれに個性が出ますか?
天白 そうですね。「ここは何年もカエルが卵を産めていない地域だから、もう1回水辺を復活させて産卵できるようにしよう」というクラスもあれば、「外来種が生態系を崩す要因になっているんだったら、自分たちで駆除しよう」という子どもたちもいて、本当に面白いです。アプローチもユニークで、田んぼをつくるために木をどんどん伐採していく体育会系タイプもいますし、中には大人たちに心理戦を仕掛けていくクラスもありました。
千葉 心理戦ですか? どういうことでしょう?
天白 ビオトープを校庭につくろうという時に、校長先生からの許可を得る方法を子どもたちが話し合ったみたいなんです。「校長はどうも泣き落としに弱いらしい」「じゃあミュージカル仕立てで説得しよう」と。それで、音楽の先生を引っ張ってきて、ピアノ演奏でミュージカルを上演して、見事にビオトープを完成させたというエピソードがあります。
千葉 いや、お話を聞いてぞくぞくしてしまいました。職業柄、子どもたちの調べ学習などの現場を視察することも多いんですが、楽しみながら取り組んでいることはわかりつつも、どこか大人たちが決めた枠内にとどまっているような印象もあって。でも、ミュージカルの話は、その枠を軽々と飛び越えてしまっています。
天白 やっぱり、子どもの自主性を活かすのは教育なんだっていうことを、すごく実感しますし、私自身が児童の発想の豊かさには勉強させられてばかりですね。
千葉 このインタビュー前に体験事業の活動事例集を拝見して、子どもたちが大人たちに用意してもらったプログラムをこなしているのではなく、自ら進んで作業をしている雰囲気を感じたんですが、その理由がわかった気がします。
天白 確かに、「お客さん」っていう感じではないですね。子どもたち自身が考えているんだなと実感する瞬間もたくさんあって。たとえば、商店街を歩いてる時なんかに、「最近、田んぼを見に行ってないんだけど、どうなってるかな」という会話が聞こえてきたり、市民プールでジャブジャブしている子が、「今度サンショウウオのエサやりに行かなきゃ」とか話していたり。
環境教育は多様な未来への入り口
千葉 自ら課題を見付け出して、解決へのアプローチを実行する。そのプロセスを経ると、子どもたちの様子は変わっていきますか。
天白 それはもう、変化を強く実感しますね。現在、学区の体験事業は要望があった学校で実施するかたちをとっていて、3年生以上の総合的な学習で行われることが多いんですが、体験した学年としていない下級生とでは、地域に向けるまなざしが如実に違います。
堀井 子どもたちも、最初はおっかなびっくり作業しているんですけれど、回を重ねるごとに夢中になっていくのが表情から見て取れるんですよね。楽しいものにふれると、内側からどんどん興味関心があふれてきて、行動まで変わってくる。そのように子どもたち一人ひとりから生まれる気持ちを大切にしたいですよね。
千葉 楽しいという気持ちが一番ですから。歯を食いしばって努力するという経験は、大人になってからいくらでもできます。それに、身の回りのことをただ漠然と眺めるだけではなく、きちんと自分自身の目で気付きを得て、そこから興味関心を連ねていくのが「学ぶ力」であり、「生きる力」なんだと思います。
松田 生きる力と聞いて私が考えるのは、人としての「引き出し」の多さなんですが、自然はまさに多様な経験をもたらしてくれるものであり、学問としても環境は生物や農業、まちづくりなどさまざまな分野に派生します。環境教育は、生きる力を育みながら子どもたちの可能性を広げることにもつながるのではないでしょうか。
千葉 おっしゃる通りだと思います。自然体験をしたからといって、すべての子どもたちが大人になるまで環境に強い関心を抱き続けるわけではありませんが、皆さんのような大人に出会うことや、わくわくする気持ちに従って行動した経験自体が、将来を開くための大切な学びになると思います。
天白 もちろん、私の立場としては子どもたち全員が環境保全に携わってくれれば、それほど嬉しいことはありません。でも、現実にはそんなことはあり得ないわけで、体験事業を経験したうちの0.1パーセントでも環境分野に関わり続けてくれればそれでいいと思っています。実際に、私の師匠である柴田さんもそういうスタンスで、結果として市の自然・人文博物館の館長や私のように地元で活動する人材を輩出しましたから、やり方としては間違っていないはずです。
子どもたちの学ぶ姿が世の中に気付きをもたらす
千葉 多様な可能性の種をまき続けることで、地域を支える人材を育む。それが自然環境という資源の保全と一体になっている点が、横須賀の取り組みの素晴らしさですね。今後の環境教育については、どのような展望を描かれていますか?
天白 柴田さんが先頭に立って活動されていた頃の横須賀市は、国内でも環境教育の先進地域だったんです。私たちの力で再び盛り上げ、「環境教育日本一」と呼ばれるまちにできればと思っています。
千葉 学区の体験事業についてお聞きすると、もう日本一じゃないかと思ってしまうんですが。
天白 いやいや、まだまだです。全学校で年間を通して実施するのが理想ですね。
千葉 現状としてはどのくらいの学校で行っているんですか?
松田 年間10校ペースで、当面の目標は4年間かけて市内全校で実施することですね。
堀井 実施校の先生が異動先の学校でもやってみたいと要望してくれるかたちで、じわじわと広がっている感覚はありますが、もっと拡大していきたいです。
千葉 その先を目指すとなると、きちんと教育カリキュラムに盛り込むといったふうに、教育委員会とのより深い連携が必要になりそうです。
天白 ただ、いずれにせよこうしたプログラムを市として常に用意しておくことは大切だと思います。総合的な学習は教科書がないので、年間70時間もの授業を活かせるかどうかは担任の先生次第になっていますから。「身近な地域を知ろう」という授業テーマを設けたとしても、着任したばかりの先生にとってはなかなか指導が難しいじゃないですか。
千葉 そういった時に、授業に一定のクオリティーが担保でき、かつ学校によって柔軟に展開できるプログラムは確かに助けになりますね。
松田 実際に、そういった理由で活用いただいている学校もありますよ。
千葉 今後への希望が持てる流れですね。市として環境保全事業の全体、また天白さんはご自身の活動について、今後をどのようにお考えですか?
堀井 民官連携の仕組みもこれからさらに本格的に動いていきますので、横須賀市らしい連携・協働のあり方を確立していきたいと思います。
天白 そういう取り組みを継続していくためにも、環境保全に取り組む人たちの生活を、その活動だけで成り立たせられるシステムをつくっていきたいです。たとえば企業が環境活動に取り組むことはイメージアップにつながりますが、市民活動では特別なインセンティブがないわけです。たとえば、その二者をマッチングして、市民側の課題を解消するような支援を国がしてくれればいいのですが。
千葉 企業側も環境活動を「会社として世の中を考えていますよ」というポーズにとどめることなく、より深く入り込んでいかなくてはいけませんね。と、いうのは一企業の代表として自戒を込めた言葉でもありまして、皆さんのお話を通じて改めてそう考えることができました。私と同じように、世の中に環境保全の大切さに気付いてもらう上で、横須賀市の子どもたちが学ぶ姿は良い事例になると思います。今後もぜひ、さまざまな形で応援させてください。