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絵本で知る年末年始の伝統行事。新年を迎える歓びを、実在する一家をモデルに描いた絵本

小さい頃、絵本で人の家の生活をのぞくのが好きだった。
特に知らない国の暮らしが描かれた絵本といったら、それはもう!
「花をこんな風にかざるのか!」
「朝ごはん、おいしそう」
「青いワンピースにしましまの靴下をはくんだな」
異文化を感じる絵本は、幼い私の心をくぎづけにした。
今思うと、まだ見たことのない世界の広さや未知のことに出会う楽しさは、絵本から教わった。

今日ご紹介したいのは、日本の伝統行事のがっつりどまん中にいる家族である。
東京初台という、渋谷区の都心に残る下町で正月飾りを売るなおこさん一家のお話だ。

お正月1

なおこさんは、11月になると酉の市で縁起物の熊手を買って商売繁盛を願い、浅草のがさ市で正月飾りの材料を買う。仕事場に戻るとせっせと玉飾りしめ縄を作り、クリスマスが終わった商店街で並べて売る。

お正月2


絵本のなかに、こんな場面がある。小さな女の子が玉飾りのだいだいをみて「これみかん?」とたずねる。
なおこさんは「だいだいっていうのよ」と応えている。会話はそこまで。でも気になった人はぜひ調べてほしい。なぜだいだいなのか。みかんではないのか。

正月飾りについた海老、昆布、だいだいなどには、それぞれ腰が曲がるまで長生きできますように、喜びの多い年になりますように、代々繁栄しますように、といった願いが込められている。最近は西洋風にアレンジしたものも多いが、せめて元来の意味を知っておくだけでも、縁起物を目にしたときの気分が違う。

なおこさんの年末はとにかく忙しい。休む間もなく今度は自分の家の大掃除おせち作りにとりかかる。

お正月4

大晦日、一緒に住むおじいちゃんや子どもたちとテレビで紅白を観ながら年越しそばを食べる。家族の暮らしぶりがわかる台所の絵には、買いだめた食パンや調味料が無造作に並ぶ。細部まで描かれたどこか懐かしい家庭の風景に、自分が育った家をいつの間にか重ね合わせていて、気づくと目がくぎづけになっている。

お正月5

年末に大掃除をしたり、門に門松を飾ったり、正月飾りをつけるのは、新しい年の神様(歳神様)を迎えるためである。歳神様は家族に健康、幸せをもたらしてくれる。清潔にした家に飾ったしめ縄は、「この家はもう神様をお迎えする準備ができています」という印なのだ。

年が明けると、なおこさん一家は神棚に手を合わせ、今度は家の男たちが中心となって、獅子舞で近所を練り歩く。獅子舞は悪魔を祓い、幸せをもたらしてくれる。

お正月6

そのなおこさん、実は実在する女性で、お会いするたびに「どうもお世話様!」とちゃきちゃきと動き回っていた。3年にわたりなおこさんを取材したのは、絵本作家の秋山とも子さん。なおこさんとは大の仲良しで、絵本に出てくるすべての工程に同行していた。
秋山さん曰く、「私にとって日常の一つとして流れていた【直子さんの日々】の大切さに、ある日突然気づいた」のだという。そして、絵本の題材に決めた。

「よいおとしを」「あけましておめでとう」
幼いころから、呪文のように当たり前に口にしてきた言葉。
クリスマスが終わると当たり前のように街なかや家々に姿を見せる正月飾り。この当たり前は、大人がやってくれていたからあったんだ、と気づく。これを自分がやらなくなったら、自分の次の世代はやるだろうか。時代が変化しても、形が変わっても残しつづけたい伝統ってなんだろう

お正月3

今になって改めて、そこに込めた人びとの願いを思う。
そして、当たり前のものの大切さ、かけがえのなさを思う。
なおこさんの生活には、そんな大切なものがあふれていた。

絵本の最後、獅子舞に頭をぱくんと噛んでもらうなおこさんのセリフがある。
「ことしいちねん かぞくみんな げんきに すごせますように」
これは、なおこさんの願いであり、新しい年を迎えるすべての人の願いである。

●「お正月がやってくる」作・絵 秋山とも子

秋山とも子(あきやまともこ)1960年東京都に生まれる。女子美術大学海賀科卒業。1978~1981年フランス・ボルドー大学とボルドー美術学校に留学。取材をしながら人びとの暮らしや営みを緻密に温かく描く絵本スタイルは、幅広い層の読者から支持されている。主な絵本に『おとうさん』(瑞雲舎)、『はなび』(教育画劇)、『町たんけんーはたらく人みつけた』『ただいまお仕事中』『ふくのゆのけいちゃん』『でんしゃがまいります』(以上 福音館書店)、『雨をよぶ龍』(童心社)などがある。

(文・担当編集 小堺加奈子)