うまい文章じゃなくて、本気の文章を読みたい。【あばれる君の初エッセイ編集後記】
小説や漫画に出てくる魅力を感じてしまうキャラクターっていますよね。挙げればキリなんてないんですが、ぼくが前から好きなのはこのふたりです。
『タンタンの冒険旅行』(エルジェ)のハドック船長
『弟子』(中島敦)の子路
この人たちはちょっと粗削りで騒がしいところもあるけれど、誠実でまっすぐです。打算や、損得勘定みたいなことで動かない。芯があって、自分の信じた行動をやり遂げます。かっこいいと思います。
文章に対しても好みは変わりません。誠実で嘘のない文章が好きです。読者を感動させようとか、こうすればこう読んでくれるだろうみたいなものが透けて見えたら読みたくなくなります。激烈にうまくなくていい。うまくなくてもいいから、飾らないその人が見える文章がいい。それがいちばんの魅力だとぼくは思っています。だからむずかしい言い回しをしなくたっていいし、技巧を凝らしたレトリックが必ずしもなきゃいけないわけじゃないと思っています。
今回、編集を担当したあばれるさんの初エッセイ『自分は、家族なしでは生きていけません。』はまさにそういうものだと思います。あばれるさんの文章は本気でした。言葉に嘘がないし、誠実で純粋です。恥ずかしいことも正面から書いて、自分をカッコよく見せようとしてない。ご家族を大切にする気持ちもものすごく詰まっている。なにより「あばれる君が書いている文章だ!」と感じられる。なんのてらいもなく、伝えたいことを素直に書いている感じ。だからこそあばれるさんの気持ちがすすすーっとぼくの身体中に染み込んできました。それでいて、しっかり笑えちゃう。めちゃくちゃいいエッセイだと思います。
ぼくは元々あばれるさんが好きでした。熱狂的というのではありませんが、揺るがない好感みたいなものを抱いていました。ネタやYOUTUBEのポケモン対戦配信もよく見ていたし(まじでおもしろい)、オードリーのオールナイトニッポンや三四郎のオールナイトニッポンなどのラジオにゲスト出演する回も聞いていました。人柄のよさがよくわかりました。滲み出ていました。
ぼくは「人」から本の企画を考えるタイプです。「あばれるさんと本を作りたい」と漠然と頭の片隅で思っていたけど、書いていただくべきテーマがずっと見つからなかった。これまでの人生をふりかえる伝記みたいな本にはしたくない。その人の人気だけに寄りかかった賞味期限の短い本にもしたくない。そういう気持ちだけは強くありました。
そんなとき気象予報士のツイートを見たんです。
これだ、と思いました。
すぐに企画書を書いて次の編集部のMTGで発表。そのときのタイトルは『あばれる君、気象予報士になる。(仮)』。反応は上々でした。編集歴25年くらいの大先輩が「じゃあ事務所に一緒に行こうか」と言ってくれて、早々にワタナベエンターテインメントのマネージャーさんにアポイントを取ってくれました(この大先輩はふかわりょうさんやバカリズムさんの本を作ってきた編集者です)。すぐにお会いして、心を込めてマネージャーさんに企画を説明しました。
「あばれるが乗り気です」
後日、マネージャーさんから連絡がありました。よっしゃ。そこではじめてあばれるさんと打ち合わせ。気象予報士試験挑戦をメインに、あばれるさんの日常のことも含めたエッセイにしましょうということに。
エッセイの方針として、ぼくからあばれるさんにお願いをしました。
「『お笑い』の要素はナシで構いません。読者を笑わせようとしなくていいです。話のオチもつけなくていいです。とにかく本気で書いてください」
ぼくはあばれるさんの人間的な部分にいちばん魅力を感じていたんです。でもこんなお願いをしても、笑える要素は必ずある。むしろその本気さこそがおもしろさにつながるはずです。あばれるさんも「やるからには全力で書きます」とおっしゃってくださいました。
さて、企画会議です。「気象予報士って難しいよね? 本当に合格できるの?」とエラい人から当然の指摘が入ります。「あばれるさんならいけます」と僕は答えました。なんの根拠もないのに。気象予報士試験合格がめちゃくちゃ狭き門なことはなんとなくわかっていました。5年かけてやっと受かりました、みたいな人が調べたらゴロゴロいた。でも、あばれるさんなら大丈夫だろうと思っていた。やってくれるだろうと。気持ちがやや先走ったプレゼンにはなりましたが(根拠のない自信を発表しただけではもちろんありません)、企画は通過しました。
順調にいけば、1月に気象予報士試験、3月に合格発表、4月に刊行というスケジュールも決定。このタイミングなら帯に気象予報士試験に合格したことをギリギリ入れられます。ここまでなんともスムーズに、トントン拍子で進んでいきました。
でもそんな簡単にいくわけないんですよね。マネージャーさんから、このままでは受からなそうという連絡がきました。気象予報士試験は甘くなかった。
やばい。このままだと本が出せない。
でも、気象予報士試験のことだけではなくて、日常的なことも混ぜて本にしようとしていたことに助けられました。ちょっと泣いちゃうくらいのいいエッセイをすでにいただいていたからです。それはあばれるさんの奥様の「ゆかちゃん」のことを書いたものでした。
これがすばらしかった。あばれるさんからゆかさんへの、ほとんどラブレターと言ってもいい。しかも「ゆかちゃん1」「ゆかちゃん2」「ゆかちゃん3」というように、立て続けに原稿が送られてきました。ぼくが「めちゃくちゃよかったです」と伝えると、「ゆかちゃんのことならいくらでも書けます」と力強い連絡が戻ってきました。
ここで、気象予報士にはこだわらず、メインテーマを「家族」のエッセイにしようと方向転換。よくよく考えると、ご自身のYOUTUBEでご家族とポケモンカードバトルをしていたり、ポケモンの映画のインタビューをご家族で受けていたり、プレミアムモルツのCMにあばれるさんがパパ役として出ていたり(しかもゆかさんと一緒に)、「アイアム冒険少年」でゆかさんと一緒に無人島を脱出していたり……ちょうどあばれるさんの「父親」としての一面が徐々に世に出ているタイミングでもありました。
書き直しや細かな修正は全部で3回〜4回くらい。勢いや熱さはしっかりある。あばれるさんの本気さや人柄もちゃんと伝わってくる。あとは細かいところを整えすぎない程度に整えたい。あばれるさんは、こうしたらどうですか? というぼくの提案を真摯に受け止めてくださいました。元々のエッセイも当然とてもよかったのですが、書きなおすたびにどんどんよくなっていきました。
タイトルはテーマとあばれるさんの決めゼリフを意識した『自分は、家族なしでは生きていけません。』に決定。最後にエッセイの順番をああでもないこうでもないと入れ替えて、いまの形にたどり着きました。(上司に、構成がすごくいいね、と言われたときはうれしかった。)
ぼくがいちばん好きなのは「僕はお父さんに自分のミニ四駆が走る姿を一緒に見てほしかった」というエッセイです。お父さんと一緒にミニ四駆をたのしんでいる友だちの姿を羨ましく思った小学校4年生のあばれるさんは、はじめてお父さんをミニ四駆の大会に誘います。でもあばれるさんのお父さんは人見知り。大会の雰囲気にぜんぜん馴染めない。そんなお父さんをなんとかして巻き込もうと、あばれるさんは必死にアプローチ。でもそこでトラブルが発生して、お父さんが怒ってしまう……。
健気で一生懸命なあばれるさんの姿に胸がしめつけられます。ねえ、お父さん、なんでそんな対応するんだよ……。読んでいるぼくは完全にあばれるさん目線。涙が出てきました。僕があばれるさんだったら、このエッセイでお父さんの悪口を書いてしまうかもしれない。でも、あばれるさんはそんなことしません。当時の悲しかった気持ちは書くけれど、お父さんを批判したり否定したりしないのです。出版後の取材でも、お父さんを悪く言ったりするようなことも決してありませんでした。そんなやさしさもあばれるさんの魅力のひとつなんだと思います。
この人のこと、ぼくはやっぱり好きだなあと、取材を受けているあばれるさんの隣でメモを取りながら思っていました。
『自分は、家族なしでは生きていけません。』編集担当 辻敦