夏目漱石『坊ちゃん』
夏目漱石=『こころ』で、つまんなぁ~い むずかし~い とか思っていて、なかなか本棚に手を伸ばせずにいた。ちゃんと国語の先生になりたいので、まずは漱石から「読んだ」といえるようになりたいと思い、短かそうな『坊ちゃん』から始めることにする。
クイズに出てくるくらい超有名な書き出し、「親譲りの無鉄砲」な主人公、「坊ちゃん」。これは、「清(きよ)」という、彼の家で働いていた下女からの呼び名である。
彼には兄がいるが、母親は兄ばかり可愛がり(長男というものはいつの世も可愛いのだろう。義母も義兄のほうが可愛いようだ)、その兄は「女らしい性格」「女のような性分でずるくて卑怯」な人らしく、坊ちゃんとは気が合わない。…というか、母親の愛情を独り占めしている兄に嫉妬している感じもある。父親は「ちっともおれを可愛がってくれない」「何もせぬ」人で、「年じゅうおれ(坊ちゃん)をもてあまして」いる。育児や教育には関与せず、乱暴やいたずらをしたときにだけ雷を落とす感じだ。昔の父親~って感じがする。
乱暴者だから町内でも嫌われるし、家族にも愛想を尽かされる中、一人だけ坊ちゃんの味方がいた。それが清。兄と喧嘩して勘当されそうになった時には頭を下げてくれる。兄や父に内緒で、自分にだけお小遣いをくれる。(誤ってボットン便に落としてしまったこのお小遣い、清は拾ってきて洗ってくれる。においが取れずに臭いと言ったら新しいお金と交換してくれる。優しい‥‥‥)さらには「あなたはまっすぐでよい御気性だ」と、ほめてくれる(しかも父兄に聞こえないようにこっそり)。早くに亡くなった母親の代わり、いや代わり以上に坊ちゃんに愛情を注いでくれる。(「婆さん」と書いてあるが、そこまで老齢でないような気もする。)
坊ちゃんはのちに四国のほうで教師をすることになる。出発の日、清は駅まで見送りに来てくれた。
一緒に暮らしていたらそれが当たり前になってしまう。遠くで働くと決めたのは自分だけど、自分のことを、幼いころからたったひとり認めてくれた清と離れて暮らすことになってしまった、そんな事実にいまさら気づく。自分がおおよその他人とうまくやっていけない性分だと、自分でわかっているからこそ、見送る静が小さく見えたのかもしれない。
教師一年目を思い出した
ところで私も、同じ県内とはいえ、実家からかなり離れた場所が初任校だった。大学は実家から通っていたので、はじめての一人暮らし。寝坊して遅刻したし、月末にはお金がなくて煮キャベツばかり食べていた。同一県内とはいえ、実家よりもはるかに北部で雪深い土地だった。プロパンガスはすぐに光熱費が跳ね上がるので、冬場は凍えながら湯船の底に張り付いていた。もちろん車を買うお金もないので、1万円で買った自転車で往復8㎞漕いでいた(二回ほどすっころんだ)。しかもずっと吹奏楽部だったのにいきなり剣道部の顧問になってしまって、生徒とのかかわり方もわからないもんだから、黙って素振りばかりしていた(おかげで腕はめちゃくちゃ引き締まった)。
今でも、受け持ったクラスに初めて行くときは緊張する。正面を向けないし、生徒の顔もまともに見れない。教壇に踏み出すあの右足の感覚。黒板に自分の名前を書いて、簡単に自己紹介。40人の、こちらをジャッジするまなざし‥‥‥‥ここまで書いて、復帰が嫌になってきた。(※現在育休中)
だいたい生徒は人が帰ろうとしているところを捕まえて質問に来る。いやいや今日は金曜日だし彼氏が来るから手料理でも作ろうと思っ‥‥‥‥‥ゴニョゴニョ‥‥
‥‥そしてこの問題が難しすぎるのか、ほかの先生ならすんなり解けるのか、まずそこから分からない。自分が「先生」って名乗っているのに、生徒に「わからない」なんていうのは恥ずかしくてたまらない。「問題がよくないなあ」とかいう切り抜け方もまだ知らない。私も「べらぼうめ、先生だって、できないのはあたりまえだ。できないのをできないと言うのに不思議があるもんか。そんなものができるくらいなら二十数万円でこんな田舎へくるもんか」くらい言えたらよかった。いや、これから言っていけばいいか。
教師、プライベートなさすぎ問題
彼氏とデートしてたら生徒に見つかったことがある。教師、プライベート無さすぎ問題。仕事が嫌になって、気分転換に大好きな天ぷらそばを食べに行く。そしたら生徒に知らない間に見られていて「天麩羅先生」と黒板に書かれていた坊ちゃん先生、同情しかない。だいたい生徒はこちらに気づいても、よほどお気に入りでない限りは声をかけてくれない。こちらの一挙一動、誰といるか、どんなメイクか、こっそりじっくり観察し、Twitterに「ちょwwwかまきり先生wwwワンピ着て彼氏とタピオカ飲んでるwww」とか書き込む。ヤメテ…
このプライベートなさすぎ問題はわりと深刻で、独身の若手教員を常に悩ませている。生徒は、先生が自分たちと同じように「カップル」としてお付き合いをしていることに沸き立つ。(「夫婦」は自分たちとは一線を画す「大人」がなるものだから、さほど興味を示さない。しかし私は結婚記念日に花束を買いに行ったら、卒業生がその花屋の店員で、事細かにTwitterに書かれた経験がある。ホントヤメテ。)だから、生徒に見つからず、見つかっても囃し立てられないようにするためには、
デート先=生徒が行かないような渋くて遠い場所
デート日程と時間帯=担当の部活は休みで、早朝もしくは20時以降
デート内容=手を繋いだり路上チューなど、一見してカップルとわかる行動はNG
つまり、始発電車で片道1000円以上の場所にある寺に行き、本尊に手を合わせるデートが理想的。聖職ぅ~~~~
教師と書いて変人と読む
教師が個性のサラダボウルなのは明治の頃から同じらしい。狸のように丸々と、のそのそしている校長。自分の利益しか頭にない教頭、赤シャツ。それに媚びへつらう野だいこ。いい先生なのに、いい先生だからか、赤シャツに婚約者をとられた上に地方転勤を命ぜられてしまった、うらなり君。生徒からも人気者で豪快な、山嵐。(本編ではうらなり君の仇を取るために山嵐と二人ちからを合わせて赤シャツをやり込めてくれるので、とても痛快である。)
「教師は変わってる人が多いよ」とは働く前から聞いていた。聞いてはいたが、同僚の車種はおろかナンバーまですべて記憶している人とか、自分のデスクの引き出しの中に炊飯器が入っていてご飯を炊いている人とか、自分のトランクスを渡り廊下に干す人とか、家のクーラーが壊れたからって嫁と子供をセミナーハウスに連れてくる人とか、校舎のベランダで日サロする人とか‥‥ちょっと想像を超えてきましたね‥‥。
もはや土地が不浄
話が逸れた。坊ちゃん先生、赤シャツをやり込めるとすぐに辞職して東京へ帰る。
四国が不浄な地なわけないのだが、嫌な同僚と管理職、クソガキな生徒、プライベートの無さ、嘘の噂を吹き込まれて仲違い、その他諸々あった坊ちゃん、もうこの土地から嫌になっている。無理もない。初任校が困難校(ヤンキー校)で、病んで辞めていった同僚もいた。元気にしてるかな・・・
再会
赴任先でいや~な人間模様に触れるたび、坊ちゃんは清のことを思い出していた。出発の時に風邪をひいていたけど大丈夫だろうか、とか、手紙の返事が遅いなあ、まだかなあと心待ちにするだとか、なんか可愛いな。
一緒に住んでいるときは、清の存在をそこまで意識していなかった。小さいころからずっと家にいて、そばでかかわることが多いから、自然と清の性格や挙動がスタンダードなものになっていた。離れてみて、社会に出て他人と比べてみて、自分の心に清が大きく存在していると沁みる。
極めつけはここ。寄り道もせず、荷物も降ろさず、真っ先に清のいる家に「飛び込む」。正直、別れの場面の「小さく見えた」がフラグかとソワソワしていたからホッとした。生きて再会できた。よかったね・・・。
清も、自分は年をとっているし、坊ちゃんはいつまで四国にいるつもりかわからない。でも、坊ちゃんが決めた道なら私はとやかく言わず応援しなければ・・・でも、もう会えないんじゃないだろうか、とか思っていたのでは。誰か清サイドで坊ちゃん書いてくれないかな。
まとめると
めちゃくちゃ長くなった。こんなに書くつもりなかったのに。
つまり私が読んだ『坊ちゃん』は、清と坊ちゃんの、愛の物語でした。
(ところでこの松山にある銅像、「坊ちゃんとマドンナ」って言ってるけど・・・マドンナはうらなり君(もしくはもはや赤シャツ)の恋人では・・・・?????)