舟を編む 三浦しをん 感想

好きなシーンを抜粋。※ネタバレあり。

・夢中になること 熱中すること

主人公の馬締は、冴えない見た目で人とのコミュニケーションもあまり得意ではないが、言葉ひとつひとつに対する思考の巡らせ方は常人の域を超える。そんな馬締は『大渡海』という辞書づくりに熱中していく。
一方の西岡は、なんでもそつなくこなすタイプ。でも何かに夢中になったり熱中したりしたことがない。そして馬締みたいな何かに熱中するタイプの人に劣等感を抱いている。そんな彼が光るシーンがある。「西行」を説明する原稿に違和感を感じ、そのことを馬締に話し、馬締にストレートに褒められる場面だ。

"そんな馬締の言葉だからこそ、西岡は救われる。要領が悪く、嘘もおべっかも言えず、辞書について真面目に考えるしか能のない馬締の言葉だからこそ、信じることができる。俺は必要とされている。「辞書編集部の無駄な人員」では、決してなかった。
そう知ることの喜び。こみあげる誇り。"(三浦しをん、『舟を編む』、2015、光文社、P169)

そしてそのあと、西岡は執筆者の教授に「手直し」する旨を直接話す。頭を下げてくれれば訂正案をのむという教授に対し、土下座をしようとするが踏みとどまるシーン。

"待てよ。『大渡海』は、そんなに安っぽい辞書なのか?
気持ちなんて一片もこもっていない土下座に、いったいなんの意味がある。まじめが、荒木さんが、松本先生が、魂をこめて作っている辞書は、俺の土下座なんかでどうこうなるような代物じゃないはずだ。もちろん、教授のストレス発散の道具にしていいものでもない。"(三浦しをん、『舟を編む』、2015、光文社、P173)
"だれかの情熱に、情熱で応えること。
西岡がこれまで気恥ずかしくて避けてきたことは、「そうしよう」と決めてしまえば、案外気楽で胸踊る思いをもたらした。"(三浦しをん、『舟を編む』、2015、光文社、P178)

何かに熱中してこなかった西岡が、みんなの情熱を感じ取り、そこで自分にできることを尽くす。自分主体の情熱がそこにはなかったとしても、人の情熱に応えることはできるんだ、と気付かされた。そしてその舟に自分も乗っかることができるんだと知れた。ああ、このシーン熱くてとても好きだな。

・仕事の熱いところ

各々情熱を持った人たちが協力しあって何か一つのものを作り上げていくというストーリーがとても好きだ。心が奮え上がり熱く滾るから。
玄武書房入社3年目で辞書編集部に配属された岸辺みどりパートもとても良い。
『大渡海』に使う紙の選定に携わる岸辺。求めてきた紙の「ぬめり感」を最終確認しに製造元のあけぼの製紙に打ち合わせに行くシーン。

"「いかがでしょうか」
開発担当者は、自信と不安がないまぜになった表情で岸辺を注視している。
すばらしいです、と言おうとして、感動のあまり声がかすれた。あわてて咳払いする。
「すばらしいです」
歓声が上がった。開発担当者が両手を挙げ、開発部長と営業部長は握手を交わし、宮本と営業課長は感極まってひしと抱きあっている。岸辺は、中年男性がこんなに手放しに喜ぶ姿をはじめて見た。"(三浦しをん、『舟を編む』、2015、光文社、P258)

最高のシーンだ。岸辺はここに至るまでひたすら辞書の紙を触り続けてきた。その甲斐あって、岸辺は実際に自分の手で触って「すばらしい」と感じることができた。ここで自分が「プロ」であることを実感しただろう。
あけぼの製紙の開発担当者にとっては、自分の能力や努力が認められた瞬間であり、営業担当の宮本は難しいお客さんからの要望に応えることができた喜びを感じているだろう。

努力してきたからこそ得られる喜びだと思う。一生懸命働き、人の期待に応えること。自分の成長を実感すること。こういう瞬間をおれはあと人生で何回経験できるのだろう。

辞書づくりには当然岸辺やあけぼの製紙の宮本や開発担当者だけでなく、アルバイトの学生、宣伝広告部に異動になる西岡、荒木さん、松本先生、馬締、佐々木さんなどたくさんの人が携わっている。それぞれの能力を持った「プロ」たちが力を合わせて一つのカタチにしていく。こんな熱いことはない。
仕事の熱い部分を疑似体験できた。働くモチベ頂きました。ありがとうございます。明日から頑張るぞ!!

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