見出し画像

男と女、そして成りたい私①

最近色々考えていたんです

主には「脳」のこと、脳科学のことです


左脳、右脳
男性性、女性性
バランス、痛み、パートナーシップ、人間関係の事
そして成りたい私(どんなバランスを目指すか)


また、日ごろから言っている
「楽になりたい」
「自分にとっての楽、心地いい(自分らしい)を選ぶ」
という言葉の意味の理解の事


秋の訪れとともに、やっと伏線の回収がスタートできた感覚です

どんな自分を創造していきたいか
そのためにはどんな選択をしていけばいいのか
自分自身を信頼して
どんな感覚を心のコンパスとすればいいか
心の準備とか具体的に目指す方向や課題とか、、、


そして、
「私そんなに頑張らなくてもいいんだ、、」
そんな今日この頃です笑



ベラベラ語りたいのですが、まだ言語化できるレベルではないのと、情報がぐちゃぐちゃでまとまっていないのでそれはまたいつかの機会にして、今日はその中でもごく一部に絞ってお話していきたいと思います



女性性について


男性性と女性性という概念がある。身体的な性別とは別に、心理的・精神的な部分における「男性らしさ」や「女性らしさ」のことでどちらも1人の人間の中に存在しており男女問わず誰しもが持っている性質であり人によりその割合や配分は違う。
男性性に分類されるのは、分析、評価、判断、論理、攻撃、支配、決断力、積極性などである。一方、女性性に分類されるのは受容、包容力、共有、調和、安定、直感、感覚、感性、柔軟性などだ。

日本産業新聞

女性性とは受容(受け入れる、受け取る)、包容力、共感、共有、調和、直感、感覚、感性、柔軟性、右脳などを示しており、人と感情や感覚をシェア、共有し合う(喜びや悲しみを共有したい)性質

簡単に言えば女性は「受けとりたい」し、男性は「与えたい」
どちらが優れているということではない
焦点と与えるところはバランスであって、バランスによって個人のキャラクターとなったり、時と場合によって使いこなしたりすことが人(仕事のスキルなど)として求められたりもする

例えば、一人の青年がいるとして、仕事ではリーダーシップを発揮してバリバリ(男性性)と働くが、目の前に迷子の子供がいたら優しく声をかけて面倒を見てあげる(女性性)
ひとりの青年の中にも男性性も女性性もあり、場面によって発揮させる性質が異なる


現代の問題

問題なのは本来の「受けとりたい女性」が「与える女性」になってしまっていることです
つまり、男性性の強い「受けとれない女性」が増えてしまっていることです
(今日は触れませんがこれが、自律神経の乱れだったり、婦人科系の病気に影響を与えたりします)
「与える」が悪いことではありませんが、その割合が増えすぎてしまい仕事や雇用の枠を超えてプライベート(心)まで浸食していると人間関係や体調を拗らせて健康を損ねてしまうリスクがあるのです

男女格差によって男性と同等もしくは上でないと認めてもらえないとか、
完璧でないと嫁として認めてもらえないとか
「私はダメだ」
「もっと頑張らないとダメだ」
そう無意識に無理に頑張りすぎてしまう(特に)女性が多いように感じます

自分を否定して与え続けてもその末路は幸せではないのです
不満と、自己否定と、不健康な体だけが残ります
残念ですがこれが現実です

だからこそ、どんな女性でも(男性も含む)「受けとる」ということを疎かに(否定)してはいけないのです
ひとまず受け入れてほしいのです

まぁ、これが難しいんですけどね、、、


『今日もよく頑張ったね、えらいね、私ありがとうね!』みたいに


(愛を)「受けとる、受け取りたい」と言う自分の女性性を大切に、
自分を大切にしてほしいのです
まずは自分が幸せになることなのです

先に自分自身を満たしてあげる


斯く言う私もそうでした

なんで独立したいの??
そのモチベーションは?
という問いに

①何かあるたびに「独立」という単語に何度も惹かれていた
だからやる、やりたいからやる(直観?、本能)
②自分にもできることがまだあるはず、私を発揮したい!
今までの経験からひとりでも仕事が出来そうな気がしたから
(可能性に挑戦してみたい、経験からの直観)
③自立したいから(承認欲求)

これ等の答えのうち③がそれに当たりました
独りで仕事ができれば立派な大人の勲章をもらえるような気がしていたのです
自立して立派に生活できていれば誰かに何かを言われる筋合いはない
ちゃんと自立して自由な選択をするために独立したかった


それをもっと掘り下げて言えば、
自立して女性から承認されれば、立派な大人になれる
自立して女性から解放されれば、自由になれる
そんなおかしな条件付きの思い込みを持っていたみたいです



自分の女性性の否定


【女性から承認されるために頑張っていました】
いつも女性に気を使って生きてきました

すみません、なるべくもっと具体的にお伝えしましょう

case1
:自立して女性から承認されれば、立派な大人になれる

私には姉がいます
姉はきつい口調で私の羞恥心を煽り、常識を叩きつけるような人です
世間知らずで甘々な私を一気に奈落の底に叩き落します
また自分勝手なので自身のシナリオ通りにいかないと侮辱するので精神的にきついです
自分中心で短気ですが、しっかり自立しています
本当に心からすごいと思います
きついことは言いますが、やることはやっているので何も言えません

また幼少期、共働きの両親に代わってご飯の世話もしてくれていました
幼い私が生きていくためには姉に従うしかなかったのでその流れで、姉の言う事を聞き、気分を損ねないようにとても気を遣うようになっていました
(本当は一緒に遊んでほしかったのですがそれは叶わず、、)

そんな過去があり、今でも人から何かを言われるのが嫌なので言われる前に、気分を損ねられる前に、女性に気を使える人だと認めてもらうために先手を打って先に動くように無意識にそうなっています
常にびくびくしながら気を使って神経を張り巡らせているのですごく疲れます
また、姉に批判されるからこそ、姉は正しい、姉に従うしかない、
「姉のように自立しなければ私は低価値な人間だ」
「姉のように自立して強くなれば誰にも何も言われないし、自由になれる
だから姉のように強くならないといけない、
だからもっともっと頑張らないといけない」
そう間違った刷り込みが脳にこびり付いてしまいました


case2
:自立して女性から解放されれば、自由になれる

私は学生時代同級生の女性たちに仲間外れにされたことがありました
女は外したり、くっついたり、また外したり、もう本心がわかりません
気分のままの生き物です
それでいて、女はそれを了承して当たり前のようにやっているのですから、
余計に訳が分かりません
当然仲間外れにされた女性たちも過去に見てきましたので、
「ああ、ついに私の番が来たのか」
「いつかはそうなるだろうとは思っていたよ、女ってめんどくさいな」
と、自然に静かそう思いました

それを機により、
群れを作る女が苦手、周りに流されて自分の意志のない女が嫌い
噂話をする女が嫌い、人のことばっか批判する女が嫌い、愚痴や悪口をばかりを言う意味が分からない、何がメリットで楽しいのか分からない
感情的にすぐ怒る、泣く女が嫌い、男性をみてキャーキャー言う女が理解できない、もはや男性に負けたくないと思うようになり、
私の脳に余計な垢(女性の女としての否定)がへばりついていきました

社会人になっても女ってこういうものだ「くだらない」「めんどくさい」と、きっと軽蔑していたんだと思います

それでも元々は仲良しの友達だったので嫌いにはなれず、仲良しに戻りたいという期待から、友達を過度に気にしてしまう
女性の女は嫌いのくせに、恐怖から女性の女を過度に気遣ってしまう
「女性からどう思われているのか?」
「下手に輪を乱すことをすればはじき出されるから」

___めんどくさいのにやめられない、、、


だから女たちが何も言えないくらい、周りの目、評価を気にしないくらい私が立派に成長すればこの得体の知れない呪縛(恐怖や不安、孤独や見栄)から解放される、自由になれると無意識にそう思い込んだのだと思います
(今振り返ればそんなことなかったのに)

なんて私の脳は、人間の脳はこうも短絡的で浅はかなのでしょうか?
(まぁ、たどれば愛を知ってしまったから、期待して愛を欲しているだけなのでしょうけど、愛に飢えているだけなのでしょうけど、)

気づけば自分の女性らしいところも否定していましたし、男性に負けたくないという気持ちまで生まれていました



女ってめんどくさい、でも気にしてしまう
それはもしかしたら姉に振り向いてもらいたかったからかもしれない、、、
遊んでもらいたかったからかもしれない、、、
しっかり者じゃないことを隠すためにそうさせたのかもしれない
女性に姉を重ねていたのかもしれない

女ってめんどくさい、でも気にしてしまう
それはもしかしたら友達とまた友達になれる期待をしていたからかもしれない、、、
仲が良かった頃が眩しい宝物だったからなのかもしれない、、、
それを失った恐怖がそうさせたのかもしれない
女性に友達を重ねていたのかもしれない



そんな誤った思い込みによって、色々言われたくないからと
女よりも上に立とうとし(マウントをとる)、男性とも張り合う(戦う)
それで独りでも十分私は生きていけます、だって自立してますからと男勝りに誰にも何も言わせない鉄の女と化す
自立していないと姉に侮辱されてしまうので自分の存在意義を守るために自立にこだわる
それでも姉や女性から嫌われたくないし、愛されたいし認めてもらいたいから一生懸命に気を遣う

これでは女性に媚びを売って、必死に気遣いをして、息をひそめて生きていに他ならないのだ

生きた心地がしない、、、



一部ではありますが過去の経験(トラウマ)が私の女性性を否定し、
「もっと頑張らなければならない」
もっと与えなくてはいけない状態を作り出していました

もちろん学生時代と社会人時代は別物ですし、私も大人なので姉に従わなくても十分生きていけます
過去と今で状況が異なっているにも関わらず脳は子供のまま成長を止め、
勝手な私の思い込みがネガティブな行動を引き起こしていたみたいです

過去のトラウマを引っ張り出して、女性に対し過剰に気を使うことはもう必要ないですし、女性にも男性にも張り合う必要もありません
過去と現在は全くの別物でした

結果、私はする必要もないことに大量のエネルギーを使って、自分の首を絞めて
「私はダメ、もっと頑張らないと」
「もっと上を目指さないと、自由になれない(解放されない)」
と、条件付きの愛を設定し、幸せになれない末路をたどっていました


  『もういいよ』
  『もう大丈夫だよ』
  『ありがとうね』
  『よく頑張ったよ」


もう大人だった
すでに自由だった
自分次第、自分で選べばいい


時間が既に解決してくれていた


頭がクリアになるとようやく気がつく、

「私そんなに頑張らなくてもいいんだ、、、」


そう分かると肩が軽くなりました
そして周りを見る目も変わりました


もうみんないい大人でした






次回へ続く!




どうぞよろしくお願いいたします