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氷河期サバイバーたちの現実

1990年代後半から2000年代前半、バブル崩壊によって就職難となった時代に社会へ出たのが我ら氷河期世代だ。

団塊世代の退職ラッシュと少子化が重なったことにより、空前の就職売り手市場に沸く令和日本からは想像もできないが、当時は大卒でもろくな就職先がなく、子供たちのあこがれる職業第一位が”公務員”となってしまう夢も希望もない時代であった。ユーチューバーやプロゲーマーに憧れる令和の子供たちの方が余程健全だ。

就職に失敗した若者や、正社員にはなれたもののブラック労働に壊されてしまった若者などは、その後はフリーターになり社会の歯車として消費されていった。1700万人ともいわれる氷河期世代の3割が、経済的な問題などから子供を持つことができていない

何人ものフリーター沼から抜け出せない仲間を見てきた氷河期世代の正社員たちは、今の仕事にしがみ付いて歳を重ねていった。そして氷河期を生き抜いたサバイバーたちも今や40~50代となり、彼らはいよいよ管理職の座につきはじめる年齢となったのだ。

氷河期サバイバーたちのイメージとして強いのが”自己責任論”だ。

一般的に、彼らは『過酷な就職活動とブラック企業での労働を経験し、苛烈な自己責任論者となってパワハラをするものたち』というイメージを持たれている。しかし、実はこの認識は大きな誤解なのだ。

実際には、氷河期世代の管理職の多くが、自らの経験から学び、パワハラは昭和の悪しき風習であることを理解しているのであるたしかに、一部の氷河期サバイバーがパワハラという悪のフォースに飲まれ悪めだちしてしまっているが、彼らは沢山いる氷河期中間管理職のごく一部の過ぎないのである。

氷河期が働いてきた平成時代は、まさにブラック企業全盛期であった。道徳よりも数字を追い求める一部営業職、コンプライアンス意識の薄い一族企業、飲食など長時間労働が当たり前の業界など、今からは想像のできないような過酷な労働環境の職場が数多く存在していた。飲食店のワンオペによる過労死が話題となったのもこの頃だ。

さらに当時は今のようにネットやSNSを使って事前にブラック企業やブラック業界、職種を調べることが難しかった。今はブラック業界として認知されている学校の教師なども、当時は首になる心配のない公務員職として人気があった。

筆者の同級生の一人も小学校の教員となったが、あまりの長時間労働と過酷な保護者対応に疲れ果て、数年で退職してしまった。給与がいいからと某大手飲食店グループに入社した友人も、いきなり店長にされ月に休みが3日しかない生活に耐えられず、1年で倒れて退職した。当時はこのようなブラック労働により心や体を壊された若者が街中に溢れていた時代なのだ。彼らは無事回復して今は元気に暮らしているが、戻ってこれなかった氷河期世代も多い。

両親や先輩などに恵まれ、ホワイトな業界の情報を事前に手に入れられなかった氷河期世代の就活生たちのほとんどは、ふんわりとした情報やイメージだけで就職先を決めるしかなかった。そもそも選べるほど就職に受かることすらままならない学生も多かった。

その結果、たくさんの氷河期世代が職場で今の基準から言えば明らかなパワハラやブラック労働を経験することとなったのである。さらに当時は少子化の今と違い、日本にはまだ若者が溢れていた。移民など不要、いくらでも新しい若い人材を市場から引っ張ってこられる時代であったことも災いし、正社員も氷河期世代ですら三六協定に守ってもらうことは難しかった

さらに学生時代の部活でもまだ顧問の熱血指導はバチバチに行われていた。さすがに水は飲んでも良い時代にはなっていたが、たるんだ選手には容赦のないパワハラまがいの闘魂注入は日常茶飯事に行われていたのである。先輩後輩の上下関係はかなり緩くはなっていたが、今と比べればまだまだ下級生の人権は低い時代であった。上級生が下級生に優しいのは体験入部がある4月だけであった。

そんな時代を生きてきた氷河期世代の多くは、自分たちの経験から、高圧的な指導や厳しすぎる組織の上下関係は、モチベーションを上げるどころか下げてしまうことを身をもって学んでいるのである

平成後期から令和にかけて、急速にパワハラやブラック労働が社会から除去されていっているのは、パワハラの権化である団塊の世代が少しずつ社会の中心から退場し、イニシアチブを握り始めた氷河期世代の多くが、パワハラを憎んでいるからに他ならない。

いくら制度を整えて道徳を説いたところで、組織の主導権を握っている人間が望まなければ、長きにわたって根付いてきた悪習は取り除けない。氷河期世代の管理職たちのほとんどは、自分たちの代で昭和から平成にかけて続いてきたパワハラやブラック労働という呪いを終わりにしたいと望んでいるのである。

しかし、職場からパワハラの風土を消し去るのには並大抵ではない努力が必要である。中日ドラゴンズの元監督、チームを日本一に導いた名将落合監督は、学生時代に上級生からの虐めによって一度野球を辞めた経験を経ていたため、チームから暴力を伴う上下関係を取り除こうとした。彼は晩年の書記で『チームから体罰を完全に排除するのに3年かかった』と述べている。あれほどのレジェンドの力を持っても、一度根付いてしまった悪習を取り除くには3年もの時間を要したのである。

なぜハラスメントを組織からデトックスするのは難しいのであろうか?それは……

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