なまじ努力して上達もしたばかりに得たのは怪我と固執だった。
【どんなに衝撃を受けたってそんなすぐに人間も弾き方も変わらない】
「沢山練習してるはずなのに大して結果が出てない気がする…..」
「こんなに努力してるのに何で上手く行かないんだろう…..」
「どんどん体も生活もボロボロになってる気がする…..」
これは本当に辛い。
打破しようと、より努力したり頑張っても、余計に壊れていく。
間違ったまま突き進み、ドツボにハマっていく。
結果を得たいはずが、実感も喜びもどんどん遠退いていく。
そういう状態、状況が続くと正直、生きてるのが嫌になってくると言っても過言じゃない。
そして怖いのは、分かりやすいネガティブだけではない。
一応の成果を得てしまっている、身になってしまっている、そのせいで抜け出せない、変えられない事態もまた恐ろしい。
「努力は嘘をつかない!」を肯定するのも否定するのも自由だし簡単。
でもそこであえて100%肯定するとして、
【壊れて失敗する為の努力】
これを全力で行っていたらどうなるのか?
それそのまま素直に結果が出てしまったらどうするのか?
そんな怖さも頭に入れておいて損はない。
「じゃあそうならない為に!」って書こうにも話そうにも、そりゃ怪しいビジネスの入り口だろ、宣伝の常套句だろって感はある。
自分もこれまでブログやnoteで沢山の記事を作ってきたし、いくらでも語れ話せるって感じだが、
「胡散臭さ全開だろうなぁ…..」
って思いながら書く事も正直多い。
いくら本人がその成果を素晴らしさを実感していたところで、
「タッチ変えると本当にベース変わるんだよ!音が太くなるとマジで楽しいよ!リズムもグルーブも抜けも全部良くなるよ!」
とか、いきなり早口で迫られたら、そりゃドン引きするに決まってる。
宗教の勧誘かいな、何かカルトくせーな、そんな人生にも音楽にもベースにも困ってねーよって、まぁ叩かれても仕方ない。
しかし真面目な話、自分の身に起きてきた現実、その経験や苦悩を振り返るに、タッチと言うか、弾き方に無関心で酷い目に遭い続けてしまった。
正確には、
【弾き方には拘ってるつもり】
これで来てしまったのが問題だと痛感する。
無関心なのではなく独自のスタイルを持ってる気になっている、追求してる気持ちも人一倍強い、ベースが大好きで誰にも負けるつもりなど無い、それが生き甲斐!それが全て!それで生きていく!
そんな過去の自分、姿勢を振り返るに「無関心」という言葉は適切ではない気がしてくる。
そんな自己の確立への憧れや、拘りが強かった故、視野がとんでもなく狭くなっていたのだと、何とも皮肉で残念な気持ちになってしまう。
何かアドバイスを貰ったところで、
「うるさい!俺には俺のやり方があるんだ!」
なんて思うのを当然にしていた。
「そんなの分かってるんだよ!でもそれは求める音じゃない!自分のスタイルなんかじゃない!」
もはや拒絶する事に誇りを持ってしまったり、なかなかの頑固っぷりと言うか、意固地の塊みたいになってたなと。
困ったもんで、人より指はよく動いたし、超速きだとチヤホヤされていい気になったり、スラップを披露して得意げになったり、タッピングも出来るぜ、ソロも出来るぜ、ベースでメロディも奏でられるぜ、何でも弾けるぜって、一応の結果が出てしまってたのがやはり厄介。
それが頑強な固執となり、打破が難しい状況を生んでしまったと思う。
ポングって人間の事を知っている人なら、
「あぁ!そこであの縦振動との出会いがあったんだ!それで変わっていったんだ!」
と思ってくれるかもしれない。
が、白状すると、縦振動を体験しようが、打ちのめされようが、そんなすぐ簡単に人間変われる事は無かった。
ましてや本格的に習うでもなし、自己流でやって短期間に激変できるわけもない。
6弦ベースがメインだったし、弦高は超低いのが好きだったし、フィンガーランプも付けてたし、4フィンガーもやってたし、ひたすら速く弾きたかったし、その頃の認識を振り返るに、縦振動はスパイス扱いぐらいなところもあったかもしれない。
前述した通り、なまじ器用だった分、美味しいところを吸収した気になってしまったと言うべきか、どうにもこう、深く染み込ませていく、追求していくって事が出来なかった。
上手いつもり。個性を持ってるつもり。野心も持ってるつもり。志も高いつもり。何でも出来るつもり。何だって実現できるつもり。
なかなかの痛さだが、繰り返す通り、それなりに結果が出てしまってもいたのが怖い。
そしてドツボに落ちていった。
【頑張れば頑張るほど壊れていくのは矛盾か?必然か?】
楽器の上達、野望に燃えるのもいいが、
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