【木曜日連載】虎徹書林のチョイ怖シリーズ第三話『そば処千妖にいらっしゃい』 第十五回【書き下ろし】
初めましての方、ようこそいらっしゃいました。
二度目以上お運びの方、本日もありがとうございます。
こんにちは、あらたまです。
【五把目】雑炊は春の海の味~其之三~
そういえば、とおばあちゃんが大切なことを思い出したように切り出した。
「今回はどちらから帰って来られたんです?さっきの【りゅうさん】の大歓迎ぶりだと、南の方かしら」
「オオオオオ、さすがに女将さんは話が早いなあ!鋭いねえ、その通りだよ。南も南、【旦那のルーツとも縁が深い】南海の楽園プーケットだ!ザッツ、リッゾォォト!」
「あら、素敵!どおりで、ねえ」
鼻の穴を得意げに膨らませて、お客様はサラサラ髪の後頭部に手を突っ込み、
「じゃん!最新便利道具。シネマモード搭載だってよ」
どういう手品か……後頭部がワームホールに繋がっているとまともに信じるほど、私は子供ではない。
しかしそのようなことを連想するほどに鮮やかに取り出されたそれは、まさしく現行最新モデルのスマホだった。私は唖然とするばかりだのに、おばあちゃんはワアアアア!と拍手して大喜びしていた。
「良いとこだったよ。みんな優しくてなぁ……」
手慣れた風に画面を操作して、私たちにも見やすいようにテーブルに平置きしてくださる。
「若人よ、スワイプしたまえ。ぼくは雑炊を温かいうちに食べ終えたいから」
あ、はい!と、私はスマホの画面を指でなぞった。
私は一発で魅了された。
人々は明朗快活なのにも関わらず、時の流れは緩やかで、楽園と呼ばれるのも納得だったが……異国の風景写真と現代日本の流れを感じるイラストの共演に、まるで夢の続きに引っ張り込まれたような浮遊感を覚えた。
「すごい、和む……」
「だよなあ、やっぱり腹の中にあったかーい汁物、それも食べ応えの有る実が入ってるとさあ、和むんだよ……解けるよなあ。飯が旨いとみんながニコニコに、健やかになる。これってさ、万国共通なんだよ」
「え、何の話です?」
「雑炊の話だよ、決まってんだろ。あのな若人……ボーっとぬるま湯に浸かる時間も、必要があるならばじっくり堪能するがいい。だが、その間も世界は流動している。時の流れは万国共通」
「万国、共通……」
「そう、肝に銘じたまえ。テストに出る四字熟語だ」
ズゾゾゾゾゾゾォォォ……と、卵雑炊を最後の一粒まで豪快にかきこみ終え、木のスプーンを入れた丼をそっとテーブルに置くと、
「ごちそうさん!」
がばり!と勢いよく立ち上がったお客様は、両手に腰を当てて中空に向かってニッと笑った。
きらーん!と呟いたおばあちゃんは、これまた熱烈な拍手を送っていたが、私にはそこに追随する心の余裕が無かった。
なんとなれば。
お客様のサラサラヘアは更に艶を増し、蛍光灯の光を激しく反射して目に痛いほどになっていた。グラデーションがより滑らかさを増して見えるのは、まさか色数も増えたのか?頭をフルフルと振動させるたび波打つように髪がうねり、シャボン玉みたいに色が変化して見えるのはどういう染め方なんだろう。長さも肩甲骨を優に超え、足首まで届こうという超ロングにまで伸びていた。
しかしそれよりも恐ろしかったのは……あのズタボロっぷりがオシャレだ!と言わんばかりだったTシャツが新品のように、穴が塞がって布目が整っていたことだ。これまた光の当たり具合で浮かび上がる地模様は、日本が誇る縁起の良い柄の一つである青海波だった。
そして嗚呼なんたる……なんたるオシャレ破廉恥ッ。
同じく、失った布地が復活したと思われるジーンズが……私が予想していたジーンズの丈ではなく……そのぅ……おそらく世界一丈の短いホットパンツ、だった。
目のやり場に困るその丈が、あと五センチ長かったなら、私はお客様を崇めるために跪いていたかもしれない。
ファッショントレンドにはとんと疎い私でも、胸が射貫かれるような、絶対に真似はしないけどついウッカリ憧れてしまうような――おお【ほぼ神】よ!ついに【オシャレのほぼ神】が降臨なされた!
「おお、若人。ようやくぼくを【ほぼ神】と理解したか」
「いや、あの……そうじゃなくて……おズボンの丈があともうちょっと長かったらなあって」
いや。いやいや、そうじゃないだろう私。
腹の底では大声だったかもしれないが、それは決して声帯を震わせてはいなかった。ただ、そういうことを考えていただけなのだ!
それなのに、なんでわかっちゃったんだろう。しかも、私が考えたことがかなり湾曲して伝わってしまっている……。
「あのなあ、若人」
お客様はずいッと鼻先を私のそれに近づけると、トーンを少し落とした声で、
「だからさ、ぼくは本物なのよ。本物の、正真正銘【ほぼ神】であるからして、キミのお気持ちなんてものは駄々洩れなのよ」
そんなこともわかんねえのか――という気持ちを表情に丸出しにして仰った。
私の思考は完全に停止した。
まったくしょうがねえ!と呆れたお客様に両肩をがしッと掴まれてもなお、その状況からは復帰できない。
「いいか?このホットパンツは、いわばぼくの『元気の証』なの。ぼくが元気じゃないとさ、この先、みんな元気出ないじゃん。こういう恰好してるとさ、みんなが『おいおい、アイツ元気だなあ。ハッピーに生きてんなア』って不思議とニコニコするわけ。この丈じゃないとそうはならないのよ、いろいろ試したけど。
みんなってさ、世界中ってこと。わーるどわいど、よ?わかる?
ぼくは誰も生き返らせることはできないし、金持ちにもしてやれない。ただ、似顔絵描いて配っとけ、そしたらなんかいいことあるぜ!ってポーズ決めるしかできないけどさ。そうやって或る一人の少年を元気づけたら、ホントにいいことがあったみたいでなあ。それが発端になって、今のぼくがあるわけだ。ほぼって微妙な冠ついてるけど、神だぜ?生きたいように生きてただけで、さ」
だぁから!と、彼は私の背中をドンと叩いた。
「若人もさ、しゃっちょこばって『何をすべきか?』なんて焦って決めなくてもいいと思うぜ?まずは勝手に体が動くまま、気が向くままにやってみてさ。目的とか、設えとか、後からいくらでも付いてくんじゃねえの?人生、一度くらいはでっかいハッタリ効かせてみなって!」
――んじゃ、ごちそうさまー!
大きく手を振ったお客様は、再び河を泳ぐのか、土手の方に歩いて行った。
歩き始めてすぐに自転車を押して歩いていたお巡りさんに呼び止められて、人の見た目で職質掛けるのって日本の警察の一番良くないところだと思うねえ!と叫んでいたけど、それはお客様のプライベートだから一切見なかったことにして引き戸を閉めた。
あの短パンじゃあ、さすがの私でも夜道で出くわしたら悲鳴を上げるわ。と、溜息をつきつつ振り返ると。
「あら?」
おばあちゃんが、空になった丼の横から何かを拾い上げていた。
蛍光灯に透かすように持ち上げたそれはギターのピックにも似た、虹色に輝く……魚の鱗?
「ここに飾っとけよ。いいことあるぜ」
また、だ。
何度も聞いた事がある、けれども誰だか分からない声が、今までで一番はっきりと聞こえた。
「あら、そうなの。そんな謂れ、はじめて聞きました」
おばあちゃんは何の迷いもなく、それを祠の鏡みたいな飾りの横に置いた。
【五把目はこれにて……】
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