【木曜日連載】虎徹書林のチョイ怖シリーズ第三話『そば処千妖にいらっしゃい』 最終回【書き下ろし】
初めましての方、ようこそいらっしゃいました。
二度目以上お運びの方、本日もありがとうございます。
こんにちは、あらたまです。
【七把目】年越しは冒険小鉢で
大晦日は何処の御蕎麦屋さんも大忙しだろう。
おばあちゃんの小さな小さな御蕎麦屋さんも御多分に漏れず、てんてこ舞いの忙しさだった。
持ち帰り分の御蕎麦も売り切れて、お鍋いっぱいに作ったかえしも綺麗に空っぽになった。忙しかったなあ、と私は心地よい充実感を噛み締める。
思い返せばこの一年、大泣きしたところから始まって、呆気に取られたり吃驚したり、多くのお客様に休みなしで鍛え上げられたのだった。
おばあちゃんが命名した【うそながれ】が飲めるのは今のところ、酒蔵さんと一部の飲食店だけ。
その「一部の飲食店」には当然のようにおばあちゃんの御蕎麦屋さんも含まれていて、それを知った日本酒ファンや自称通人がどこでどう知ったものだか――イタチさんの動画チャンネルは散々探したのだが、見つけることができなかった――ぞくぞくと詰めかけてきた。
とまれこうまれ、想定以上の賑わいになってしまったせいで、やっぱりというかなんというか。
「ご常連さんには居心地の悪い思いをさせちゃったわ」
おばあちゃんはやっぱり、ちょっとだけ不本意な気分を味わってしまったようだ。
「来年は大晦日だけ予約制にする?」
「来年の事を今から言ってたら、童子さんに笑われちゃうわ」
心配ご無用とおばあちゃんは【酒吞】のラベルが貼られた一升瓶の横っ腹をトントンと叩いて、ウフフと笑った。
蕎麦猪口に【酒吞】を注ぎ、二人で小さく乾杯をする。
「おつかれさま、ヨウちゃん」
「おつかれさまです、おばあちゃん」
日本酒の酔いは、すきっ腹に格別に染み入る。
その甘く柔らかく解けていく感覚に任せるように、私は一日を振り返ってみた。
夜も明けきらぬうちから、おばあちゃんはいつもの倍以上の仕込みを相変わらず一人でこなし、私は御蕎麦は勿論それ以外の配達もハシゴして回った。
まさに一年の締めくくりといった風情の界隈は、私たち以外のお店も普段より早起きだ。そんな中を自転車で目まぐるしく駆け抜けるのは、なかなかに感慨深いものがあった。
例の人気急上昇中の神社へ、年越し営業するカフェに稲荷寿司を納品しに行ったら、禰宜さんと氏子のおじさんはホクホクの恵比須顔で出迎えてくれた。寒い中大変だねと、初詣に来た人たちに振舞う生姜たっぷりの甘酒(ノンアルコール)を味見してってと御馳走してくれたのは三文の徳ってやつだろう。
帰り際、今年もありがとうございました、来年も御贔屓にと御社に手を合わせると。
――いつも……ありがと……
どこかで聞いたような、ちょっと懐かしい声を聞いた気がした。
よく似た別の声だったかもしれないけど。
お店に帰ったら、開店を待ちきれないお客様の列ができていた。
行列に並んだチビッ子がご近所さんが丹精込めて育てたプランターで御花摘みをしたり、商店のみならず民家の出入口をお並びのお客様が座り込んで塞いでしまう始末で、開店時間の七分前には仕方なしに暖簾を掛けてしまうほかなかったほどだ。
それだけではない。
この日のお客様方は殊更に変わった方が多かった。
お店の隅っこ、例の祠に手を合わせてくださるのは有難いが、皆様判で押したように写真を撮っても良いかと聞いてくる。何なんだろうね、とおばあちゃんも気になったのかそれとなく探りを入れた。
「この祠、そんなに珍しいんでしょうか?みなさん写真に撮っていかれるのなんてこれまでなかったもんですから……」
「え。女将さん、ネット見ないんですか?ちょっとした人気ですよ、待ち受けにしたら開運するって!」
そんなの、聞いたこと無かった。
目をぱちくりさせてたので、おばあちゃんも驚いたのだろう。
試しに検索してみると、なるほど、出てくる出てくる。噂の火元と思われるSNSのアカウントは、ご丁寧に御利益別の写真の撮り方指南まで書いてある。
……この感じ、覚えがあった。
だから、このアカウントの主が誰なのかも、神だ何だと浮ついたコメントの洪水の中で、ひときわ異彩を放つ一行のコメントが誰によって付けられたのかも、すぐに察しがついた。
『木の皮とぁ、わしの直筆さいんのことか。小僧、今度こそそのくちばしを齧り切ってやる』
私がそっとスマホの画面をおばあちゃんに見せると、
「あらあら。これじゃあ、しょうがないわね」
予定していたよりもウンと早くにかえしがなくなり、暖簾を下げた。
西の空はまだまだ紅く燃えていたけれど、年内営業はこれにて終了。ぽかりと開いてしまった時間と空間に、私は魂が抜け出てしまいそうな溜息と共にテーブルに突っ伏したのだが……。
目の前にゴトンと置かれたのが【酒吞】の瓶。
「大晦日にはね、このお酒を飲むのが店の決まりなの。ほんとは開店前にちょっと飲んで、閉めたら除夜の鐘が鳴り終わる前に飲みきるんだけど」
今朝はそんな余裕無かったものねえと、妙に感慨深げに、おばあちゃんは一升瓶の封を切ったのだった。
「ヨウちゃん、せっかくだからパーッとお疲れ様会しようか」
ほどなくしてほんのり香ばしくてこっくりとした甘い香りが、厨房から私の心を捉えた。これは間違いなく、おばあちゃんのお酒のアテコレクションの一番人気、だし巻き卵だ。
だとすると……私も、おばあちゃんに内緒にしていた【とっておき】を出すべき時だろう。
そそくさと祠の前にいき、柏手を二つ。これまでバレずに来ました、ありがとうございますと、御礼をして御神体をそっと脇にずらす。
(やっぱりだ、ココはお酒にとっては特等席だね)
毎日の祠の御世話を手伝うようになって、ここが神聖な場所であることは充分判っていたが、その理由となる空気の温度や湿度が常に一定――しかも調べてみたら日本酒の貯蔵に最適――に保たれている【謎】は一向に判らなかった。それこそ神のみぞ知る、ということなんだろう。
ともかくも、おばあちゃんを驚かせたいばっかりに、御神体に片棒を担いでいただくという大胆不敵な策に出て、私はラベルの貼っていない四合瓶を二か月弱の間隠し通していたのである。
気持ちよくひんやりとした瓶の中で、その液体は静かに波打っていた。
――こういう企み事は大好きだ。どんどん乗っかってやるよ。
例の【声】がソワソワとした様子で首元から囁いた。
テーブルに卵焼きと取り皿、お箸をセットしたおばあちゃんが私の手に目をくぎ付けにして言った。
「どうしたの、それ」
「御小遣いというか、お給金というか、おばあちゃんに貰ったお金をね。ちょっとずつ貯めてたの。おばあちゃんに一年間、お疲れ様って……うそながれの、ひやおろし」
「あれまあ!よく残ってたもんだねえ!」
物は試しで取り寄せてみたら、どういった計らいか、四合瓶ならばと一本だけ手に入ってしまったのだ。
早速封を開けると、お客様と飲んだものよりも丸くすっきりした、それでいて百合の花を思わせる華やかな香りが立ち上った。
いそいそと蕎麦猪口を二つ取りに行く私の後ろで、今日まで飲み時で待っててくれるなんて……とおばあちゃんはちょっと訝っていたけれど。
「今日はゆっくり飲んでていいよ。戸締りと年越しそばは私がやるから」
「あら、そう?ありがとね、じゃ、御言葉に甘えちゃうわ」
※ ※ ※ ※ ※
ヨウちゃんとさしつさされつで飲むのも、特別なことじゃなくなってきました。
泣き虫なあの子とどんな顔で接したらいいのか。
最初の内こそ判らなかったけれど、私には――この店には頼りになる方々がいらっしゃいますからね。
噂をすれば、ホラ。
御神体の後ろから一番の世話焼きさんが降りてらした!白くて、小さくて、産毛が可愛い――
「旨い!流石は儂、ばっちり飲み頃で管理されとる」
嗚呼、やっぱり。
ヨウちゃん一人で酒瓶を上手に隠し通すなんて、この店でできるわけが無いんです。
「お行儀悪いですよ……瓶から盗み飲みなんて。飲みやすいように小皿に出しましょうね」
「良い。座っとれ。それにこれはアイツがオマエにと用意したもんだろう?いま舐めた分で満足だ」
「ふふ……ヨウちゃんに影響されて随分とお優しいこと」
竜さん――名は体を表す、のだそうです。竜さんは竜であって、竜なのだから、竜さんとお呼びするのが正式なんだと、だいぶ大昔にそう教わりました。
あれからもう、いくらの時が経ったでしょうね。
竜さんは自由です。小さな小さなお店の中を、いつだってフワフワと飛びまわっています。今もお節介したそうな顔で、何やら作っているヨウちゃんの肩口にいたと思えば、私の眼のまえにすっ飛んできます。
「オマエの見様見真似で鍋を振ってるが、ありゃあまだまだだな」
「そうですか?近頃は随分とコンロ周りに飛び出す食材が少なくなってきましたよ」
ヨウちゃん、ほんとに変わりましたよ。逞しくなりました。
「アイツ、ここに居座るつもりかな」
「それは無いと思います」
「そうか……アイツのこと、ちょっと気に入ってんだけど。なんか寂しくなるな」
「あら、とりあえず追い出す!って私の時は言ってたのに」
「アイツが来てから、儂の【いんてりあ】が御洒落になった!いんたーねっつで有名にもなったしな。ちやほやされるのは楽しい。一応、神だからの」
――血は、争えぬ。
大昔に誰かに言われたのを思い出します。
とても嫌だった、だから私で終わらせなくちゃと決意した、誰に言われたのか忘れてしまったけれども耳の奥にこびりついている言葉。
思い出しても仕方のないことです。
そんなどうしようもないことを、ヨウちゃんは易々と越えていくようで。
誇らしいような……空恐ろしいような……。
ヨウちゃんの蕎麦猪口にうっすら残っていた【酒吞】を竜さんが意地汚く舐めているので、うそながれをそっと注ぎました。産毛をソソソと震わせた竜さんは、悪びれることなく舐め始めます。
目を細めて、堪らんなあ!と。そりゃそうです。
ひと舐めしただけで満足なんて、するはずないんですよ。この神様は。
「うん。こんな旨い酒を仕入れるんだ、アイツは――オマエとよく似ている」
「できたよー」
ヨウちゃんがお盆に載せて持ってきたのは、今年最後のお蕎麦――ヨウちゃんが初めて仕上げた年越しそば。
かえしを出汁で伸ばした中に、整然と並んだ麺が静かに沈んでいました。綺麗な盛りつけ、いつの間に覚えたのかしらねえ。
具は私のやり方をきっちりなぞっていました。
かまぼこ二枚と刻んだ三つ葉。三つ葉の影に、ぽっちりとゆずの皮。
「あとね、小鉢を一つ、実験で作ってみたの」
後からテーブルの上に置かれた小鉢の中身は、随分と地味な見た目だったけどしみじみ美味しいのだろうなあとすぐにわかるものでした。
刻んだ煮しめ揚げは、たぶん稲荷寿司を作る時に出た端の切れっぱし。それを軽く卵でとじてありました。揚げにも卵にも、ふんわりと煮汁が回って、噛み締めるほどにじゅわじゅわっと旨味とコクが口いっぱいに広がるんだわ。
「ほほう、見てくれは野暮ったいが旨そうなにおいをさせてるじゃないか」
竜さんが私の肩越しからヨウちゃんに軽い減らず口を叩きます。
「……どちらさまです?」
え?と言う口の形をしたまま固まる竜さんと、目を真ん丸にしたヨウちゃんが私を挟んでお見合いしてしまって……。
「ヨウちゃん、視えてる?」
「え……うん。白い、蛇?じゃないな、手が生えてるからトカゲ――」
「誰がウーパールーパーか!」
「言ってません!」
「まあいい、儂が視えるとあらばますます気に入った。当分はこの店に置いといてやる。ありがたく思えよ」
嗚呼もう、なんでこう素直じゃないのかしらねえ。
竜さんは昔っからこうだわ……ツンデレっていうのよね。こういうタイプは。
※ ※ ※ ※ ※
遠くに除夜の鐘が鳴る。
もうじき日付が変わるけど、小さな白い竜神は祠の中に戻っていった。
「鱗が荒れてしまうからの、夜更かしはしない主義だ」
私とおばあちゃんは初詣に行く準備をする。
おばあちゃんはちょっと良い、余所行きのきものを着て。
私は普段通りにトレーナーとジーパンだったけど、おばあちゃんが差し出してくれた包みを開いて、袖を通した。
「お正月だもの、晴れ着とはいかないまでも気持ちがパリッとするものを着たら?」
真っ白な、フード付きのパーカー。まだ、誰の体温も受け入れていない、これから命が宿る衣服。
「ねえ、おばあちゃん」
「あいよ」
「うちのお店、屋号の読み方って知らないんだけど」
「え……今?これまでどうしてたの」
「読めなくても、なんとなくうまくやってこれちゃって……」
おばあちゃんはフフと笑うと、改めて口元に緊張感を孕ませた。
「竜の旦那さんが視えちゃったなら、ちゃんと教えとこうね。これまで何回かおもてなししたことがあるから判ってるだろうけど、うちにくる【特別なお客様】は全員、人ではない方たちよ。ここはね、そういうお客様を【千代に八千代におもてなしする】場所。駄洒落みたいに聞こえるかもしれないけど……そうそう、ヨウちゃんの名前は竜さんの御父様が屋号から一文字取っていいよって。ちょっとありがたい名前なのよ」
千代に、八千代に……あやしげな、人ではない方々が集う場所。
竜の神様は居てもいいと言ったが、なるほど、おばあちゃんはここから必ず去る時が来ると言うわけだ。
居心地が良いのも当然だが、いずれは、ね……。
その日がいつ訪れるのか、神にも妖怪にも人にも分からない。
けれど、この小さな小さな御蕎麦屋さんは、私が居ようと居まいとここに在り続ける。
――みなまで言わぬ。
――みなまで聞かぬ。
――故に、暖簾をくぐれば、相応しい皿が饗される。
三人官女さんたちは今日も朗らかに歌う。
そのおもてなし、もうしばらくは私にもお手伝いさせてくださいな。
来年も【そば処 千妖(ちヨウ)】を御贔屓に。
【チョイ怖第三話これにて閉店】
最終回までお読みいただきありがとうございましたm(__)m
来週は少々お休みをいただきまして、再来週に【付録】お客様一覧とあとがきをお届けする予定です。
御感想をマシュマロちゃんにてお待ちしております。
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それでは。
最後までお読みいただいて、感謝感激アメアラレ♪
次回をお楽しみにね、バイバイ~(ΦωΦ)ノシシ
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