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【木曜日連載】虎徹書林のチョイ怖シリーズ第三話『そば処千妖にいらっしゃい』 第十七回【書き下ろし】

 初めましての方、ようこそいらっしゃいました。
 二度目以上お運びの方、本日もありがとうございます。
 こんにちは、あらたまです。

 木曜日は怖い話の連載。
 第三話は第二話に引き続き【御愛読感謝企画】でまいります。
 テーマは『御蕎麦屋さんの話』です。
 読者様アンケートにお答えして「憎めない、愛着湧くような妖怪」が出てきたり「悶絶するような、美味しいアテ」で皆々様の唾液腺をぐいぐい刺激したり。その合間に「チョイとだけ怖い」思いを楽しんでいただけるような……そんなお話を目指します。
 連載一回分は約2000~3000文字です。
 企画の性質上、第三話は電子書籍・紙書籍への収録は予定しておりません。
 専用マガジンは無期限無料で開放いたしますので、お好きな時にお好きなだけ楽しまれてくださいね。
 ※たまに勘違いされる方が居られるとのことで、一応書いておきますと『無期限無料の創作小説ですが、無断転載・無断使用・まとめサイト等への引用は厳禁』です。ご了承くださいませ。

神田まつや店先にて (神田須田町)


【六把目】「うそ」は流れて、カマボコ板の舟~其之二~


 まるで指定席だと言わんばかりに、一枚板の大きなテーブルを最も広く使える長辺側ど真ん中の席に、お客様はちょこんとお座りになった。
 そして首だけくるりと向きを変え、厨房に向かって言った。
「以前、こちらに【冷え性に悩まれる、やんごとなき御方】がいらしたでしょう」
 おばあちゃんは、ええ!と元気に応えた。そのあとすぐに、ザアアアア……と鍋から何かを溢す音が聞こえて、もわっとした湯気がおばあちゃんの姿を覆い隠す。
 二人の会話は、むしろそれが自然の成り行きとでもいうかのように、ふっつりと途切れた。

 妙な苦さのある緊張を覚えつつも、私はお茶とおしぼりをお出しし、お客様に尋ねた。
 「お知り合い、なんですか?あの方と」
 「お知り合いというか……昔、ご近所に住んでらしたんです。色々あって長いこと不義理を重ねてたんですが、あの方の方からねウチを訪ねてくださったんですわ。そん時に、大層こちらの御仕事を気に入ったと、当チャンネルに情報提供くださったんです。あっしの地元の酒蔵と提携して、こんなの御造りになられるほど感銘を受けたそうでねえ」
 これまたどういう種と仕掛けがあったものなのだか、ヨッコイショと胸ポケットから取り出したのはラベルの無い一升瓶だった。
 名刺一枚ならわかる。だけど一升瓶ともなると……ちょっとした手品、では済まされない。暖簾を裏返したときだけ訪れる【そういう御客様】はこれまで何組かいらしたけれども、どなたも個性が突き抜けすぎていて、慣れるということがない。おばあちゃんみたいに、泰然自若におもてなしするに至るには、どれほどの経験を積めばいいんだろう?
 目を丸くする私に、お客様はニコニコ顔で話を続けた。声を一段大きくしたのはおそらく、厨房に居るおばあちゃんにも聞かせるためだろう。
 「この【やんごとなき御方】が魂込めた新商品、こちらで商っていただけませんかね?勿論、タダでとは言わない!あちら様からもよくよく言われてきてますんでね。こちらのメニューと新商品のコラボ、あっしのチャンネルでドドーンと宣伝させていただきます」
 不意に客席と厨房を仕切る暖簾が跳ね上がり、履き込んだ下駄がかろかろ……と床を蹴る音が、私の背後に迫った。
 (さすがにマズいんじゃ――)
 私がハラハラしつつ振り向くと、厨房から飛び出してきたおばあちゃんが、文字通り目玉がポン!と飛びだしそうなほどに両目を見開いて立ち尽くしていた。
 それもそのはずだ、おばあちゃんはこのお店をひっそりと経営したいのだ。いまどきの動画配信は拡散力が馬鹿に出来ない。全国から大勢のお客様が押し掛けるようなことになったら、この小さなお蕎麦屋はどうなるか。
 「おやまあ……」
 私は客商売のイロハなんて打っ棄って、それまで堪えに堪えてきたものを弾け飛ばす勢いでお客様に詰め寄った。
 「ちょっとアンタ!さっきから自分勝手になに言って――」
 「おやまあ……なんて、おもしろそうだこと!
 まったくだよ!おもしろそうにも程ってもんが………ん?おもしろ?……えええええええええ!?

 おばあちゃんの見開いた目は驚きを湛えつつもキラキラと希望に輝き、胸の前で両手を組んだその姿はオーディションを通過したアイドル候補生みたいだった。
 私に首根っこを掴まれ宙ぶらりんになっていたお客様は、自撮り棒をテーブルに置き、慇懃無礼のお手本のように揉み手をしながら私をねめつけ、
 「ありがとうございますうううううう……ちょ、ねーちゃん、手をお放し?」
 「え、あ、ハイ……なんか、その、すいませんでした」
 キヒヒヒ……と。アルミホイルをくしゃくしゃに丸める時のような声で、お客様は然も楽しそうに笑った。
 何とも癪に障る笑い方だったけど、この際そんなのはどうでもよかった。
 そんなことよりも、大事なことが……ちゃんと問いただしたいけど、問いただしていいものかどうかちょっと難しい、もっと大事なことが!あったのだ!
 ねえ……いいの、おばあちゃん?
 そんな思い付きでタイアップなんて決めちゃって、ほんとにいいの?
 
 「ではまず、お客様肝入りの新商品、とくと拝見させていただいても?」 
 おばあちゃんの尤もな提案で、一升瓶の封がさっそく開けられた。ふわりと立ち上る華やかな香り……中身は日本酒だ。
 私は言われるがまま、蕎麦猪口を三つテーブルに横並びに並べた後、それぞれに半分ほど一升瓶の中身を注いだ。
 三人三様に、二口、三口と静かに試飲する。
 「まあ、すっきり……けど、甘みが少し強めかしら」
 おばあちゃんはホゥっと息を漏らしつつ呟いた。
 「うん、嗚呼……あっしも初めていただきましたけど、コイツは飲みやすいっすねエ。ぐびぐび行きたい味だなあ。どちらかというと、常温が好みっすかね」
 二人の言葉にいちいち頷く私であった。
 だって、ただただ美味しいのだもの!美味しいというただその事実に圧倒されて、二人のように具体的な意見を出せず、それゆえに二人の意見に深く賛同していた。
 きっとどう飲んだって美味しいに決まってる。併せる料理も、味の濃いのだって、あっさりと素材の味を引き出したのにだって、仲良くできる……そう、まるで、炊き立ての白いご飯みたいに。
 空腹に流し込んだ日本酒は酔いが回るのが速い。とはいっても、今のこの速さは尋常ではなかった。私の脳味噌の中のイメージや言葉は、理性という歯止めを失い、口の端から自由気ままに転げ落ちる。
 「天ぷらとか、おでんの大根とか、豚汁とか……」
 私が夢うつつに、食べたい料理をぽそぽそと並べるのを見て、おばあちゃんはハッと何かに思い至ったようだった。
 「もしかして、うちの御出汁に近いのかしら……そしたら……一品目にあれを試してみましょうか?」
 ほとんど独り言に近い状況でつぶやきつつ厨房に戻り、ほどなくしておばあちゃんが持ってきたのは、平皿に整然と並べられた白い兎の群れ……ではなく。
 いつぞやの四人の美食紳士がその一品で満足して帰ってしまった、私にとっては複雑な思い出が詰まる板わさだった。


【六把目 其之三に続く】



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 それでは。
 最後までお読みいただいて、感謝感激アメアラレ♪
 次回をお楽しみにね、バイバイ~(ΦωΦ)ノシシ
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虎徹書林店主あらたま
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