【木曜日連載】虎徹書林のチョイ怖シリーズ第三話『そば処千妖にいらっしゃい』 第十八回【書き下ろし】
初めましての方、ようこそいらっしゃいました。
二度目以上お運びの方、本日もありがとうございます。
こんにちは、あらたまです。
【六把目】「うそ」は流れて、カマボコ板の舟~其之三~
「ああ、なるほど!コイツぁ趣向が効いてまさぁ!」
板から外したかまぼこを、少々厚めに切ったのが三枚。それぞれに山葵がちょっとだけ添えられている。
お客様はハテ……と首を捻った。
「お醤油は付けないんです?」
「山葵に塩を練り込んでますから、そのままどうぞ」
「ほほう……おおぅいい香りだ。摺りたてですか、ぜいたくっすねえ」
「うふふ、ごめんなさいね。今日はチューブのやつなの。手っ取り早く御用意したかったもんだから……でもね、最近のは随分と便利で美味しいんですよ。甘みは擦りたてに劣るところがありますけど、香りも爽やかな辛みも、なかなかどうして、上等です」
空になった蕎麦猪口に日本酒を継ぎなおし、思い思いに板わさを齧った。私は、今度こそはと味わいを確かめるように、固体と液体それぞれをしっかりと噛み締めた。
かまぼこの旨味と山葵の香りが、日本酒に包み込まれることで新たな一品として口の中に立ち上がるみたいだった。
頬の裏側、舌の上、喉の奥と、噛み締めるたびにコロコロと転がるその味わいは、場所ごとに印象を変える。丸くなったり刺激的になったりする触感的楽しさ、日の出から日の入りまでを早回しで見ているような色彩的変化、それらを日本酒が臓腑に落ちていくまでの極めて短い時間で一気に味わえるような……繊細にしてダイナミックな味の移ろいだ。
「いや、これはこれは……あのお方が興奮気味だったのもわかるな」
ちょいといいです?とお客様はおばあちゃんに何やら耳打ちをした。
おばあちゃんはお安い御用ですよと厨房へ行き、何やら手にして戻ってくる。
「ごめんなさいね、今あるのはこの二枚ぽっちだったわ」
おばあちゃんが持ってきたのは、かまぼこの板だった。綺麗に洗って乾かした、かまぼこ屋さんの焼き印も鮮やかな木の板だ。
お客様はその板を受け取り裏表を確かめると、サロペットの胸のポケットから油性マジックを取り出し、おばあちゃんにサインを頼んだ。
「サインなんて書いたこと無いわ。それに……かまぼこ板ですよ?」
「スタッフへの土産ですワ。いつも動画の編集や『えす・えぬ・えす』の広報をやってくれてる、ウサギくんとハムスターさんが居りましてね。今回の取材に同行したいって言ってたんですが、生憎うちにも予算てのがありまして。留守番を頼むのと交換に、取材に行った先の滅法珍しい土産ってのを頼まれましたんです。名物の菓子みたいなのじゃだめだ、って……難しい注文を出されたなあと、内心悩んでましてン。まあ、なかなか愉快で働きもんな子らですから、これで我慢しとけ!なんて仕打ちはできませんよ。
そうそう。なんやら、やってみた動画って言うんですか?日頃の編集の腕を振るいに振るって作ったらコレが評判になりましてねエ。良かったら後で検索して、見てやってください。あ、イイねも押してね」
おばあちゃんがサイン――というか、板のすみっこにごくごく普段通りに名前を書いている間、ハタと何やら思い出した素振りのお客様が宙を見上げたので、私もつられてそちらを見上げた。
(えええええ……今度はどういう手品!)
思わずあんぐりと口を開けっぴろげた私の目の前に、ひらひらと半紙が一枚、舞い降りてくきた。
「一番大事なこと、今回の旅の目的を忘れとりました」
お客様が見事にキャッチした半紙の隅には、小筆で書かれた某酒造の屋号と思しきものが書き付けられていた。
「こちらの御店主に是非にお願いしてこいと、例のやんごとない御方に言われてたんでしたよ。この酒に、名を付けていただけませんか。あっし等の大漁祭を名にした酒が大当たりしたでしょう?ああいう感じで、なんかこう……慎ましくも賑やかで、あっしやカワタ……冷え性の御方を真似て里に降りてくる同胞にもすぐにそれとわかるような、気の利いたのを一つ。お願いできませ――」
「あいよ、そういうのは得意です」
マジックをお客様に手渡し、改めて黒電話横のペン立てから筆ペンをとったおばあちゃんがサラサラっと書いたのは。
『うそながれ』
「えー、冗談きついんじゃないっすかねえ、御店主ぅぅ」
私もこれは、あまりにもお客様――イタチ様に寄り過ぎていて、例の人気銘柄にあやかった二匹目のドジョウを狙っていると揶揄されても仕方がないように思った。
「安直なくらいが分かりやすくって良いかと思うのよ。イタチさんの『うそ』まみれ。河童の川ながれなんて言葉も、あれだってある意味ウソみたいな話で言い包めてるんでしょう。そういう……なんていうのかしらね……このお酒を楽しんでる間くらいは全部、現世の『ほんとう』も『うそ』も流して忘れてしまってもいいんじゃないの、ていう意味。うそながれ。現にイタチさん?こんな大事な用事を忘れていらしたでしょう」
イタチ様はぴょんと飛び上がってソリャソウダ!と叫んだ。
「なるほど、違いねえですねぇ!それに聞いてたらなかなかアヤカシ……あっしら好みの洒落が効いてるって気がしてきました」
おばあちゃんが書き付けた半紙を丁寧に四つ折りにして、サロペットの胸ポケットにしまったお客様は深々と頭を下げてお店を後にした。
おばあちゃんと私も、またどうぞお越しくださいとご挨拶をして、小さな背中が見えなくなるまで御見送りした。
「ねえ、おばあちゃん」
「なあに」
「うそってなんだろう」
「さあねえ……噓から出た実なんて言葉もあるし、ウソもホントも、誰にもよくわかんないからねえ」
違いねえです、と。
私はイタチ様の口調を真似た一言を、そっと飲み込む。
ぐううぅぅぅ……と、二人のお腹が同時に鳴った。
【六把目はこれにて……】
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