#8.アルバニア語
お客ゼロのコソボ大使館ブースがあった。お台場の国際的なイベントである。中には民族衣装を着たお兄さん(外交官)がぼっちで座っていた。声をかけると案外気さくだったので、そこそこ長居してしまったのだが、そこで偶然、チフテリという二弦楽器のレプリカがあり、その演奏にどハマりしてしまった。
ギターのような楽器だが、中央アジアのドタールのような素朴で小柄な楽器にも関わらず、スチール弦で力強い音が出るのが特徴だ。最終的には本物をドイツから輸入して買ってしまった。お世辞にもうまいとはいえないが、今では個人的に得意な楽器の一つとしてしばしば名前をあげている。
チフテリとはアルバニア語で「二組の弦」と言う意味であるようだ。この意味を知ると、「二つの弦」を表すウズベク語の「ドタール"dotar"」やペルシャ語の「ドゥタール(دوتار)」のことを思い出す。それを考えると、おそらくは元々、イランや中央アジアの楽器がヨーロッパ方面まで伝播した結果、アルバニア人たちに受容されたのではないかと考える。
奇妙な印欧語?
ところで、アルバニア語は奇妙な言語に見える。アルバニア語は分類としてインド・ヨーロッパ語族に属しているが、まず一般的には単独でアルバニア語族を構成する(これは後に紹介するであろう🇦🇲アルメニア語や🇬🇷ギリシャ語と共通する特徴でもある)。そのため、アルバニア語は大きく言えば、英語の親戚といっても過言ではない立ち位置だ。しかし、まず多くの単語があまり他の言語との関連性が分からないような単語で占められていること。それに加え、他のロマンス語系の言語から借用したと思われる単語が突然登場するのが変な言語の印象をもっと強くする。
例えばアルバニア語の語学書"Colloquial Albanian"から一文を抜粋するので見てみよう。
Po, kam disa shokë e shoqe të cilëve më duhet t'u shkruaj(1).
(うん、手紙を書かないといけない友達が何人かいるんだ)
事前の知識がなければこの文は何語で書かれているか想像するのは難しいだろう。それに加え、最後の"shkruaj(書く)"は明らかにドイツ語の"schreiben"との関連も連想させる。そうであればこれはドイツ語と同様にラテン語の"scribere(2)"から借用した可能性も捨てきれない。
最後に、日本人にとって気持ち悪いことに「ん」で始まる単語が常用単語で登場する。例えば英語の”from”やドイツ語の”aus”、アラビア語の”من"、日本語の「〜から」を表す単語はアルバニア語で"nga(ンガ)”である。
アルバニア語方言の世界
アルバニア語は単独で語派を構成するという話が一般的だが、どこの言葉でもあるように、アルバニア語にも方言がある。アルバニア語には大別して「ギェグ方言(Gheg)」と「トスク方言(Tosk)」と言う二つの方言グループがある。ギェグ方言はコソボを含めた南バルカン半島の北側で話され、トスク方言はアルバニアの南部で話される。言語的にはどれだけの距離があるのかはわからないが、私用で立ち寄ったコソボの大使館で偶然知り合ったアルバニア人がいうには「関西弁」「関東弁」のようなものだと説明を受けたので意思疎通が困難なほど離れてはいないのではないだろうか。
また、方言の中には地理的に隔たれた個性的な方言もある。いや、国自体が違うので方言と言い切ってしまっていいのか分からないが、イタリアの南部の共同体で話されるアルバレシュという方言がある。また一方で、ギリシャのアッティキ地方を中心に話されるアルヴァ二ティカ方言もある。例えば標準語とアルバレシュ方言の"be"動詞、"jam"動詞の基本時制である「現在」「近過去」「大過去」の語形を見てみよう:
ご覧の通り、現在形から近過去形では大きな音韻的な差は生じていないが、遠過去形になるとお互い大きく形が変わる。標準語では単数の二人称と三人称の形が統合されてしまったが、アルバレシュ方言では"jam"で"-va" ,"-ve"で終わる人称変化が残っている。標準語の規則動詞の変化にも同様の人称があるが、標準語の"jam"動詞からは消えてしまっているようだ。
この"jam"の動詞の比較だけでは全体を語るのは困難だが、"jam"の変化を見るとイタリアのアルバレシュ方言の方がアルバニア本土よりもより古風な形を残しているのではないだろうかと想像する。
言語連合
さて、見かけの奇妙さに反し、文法はまったくヨーロッパの印欧語族的だ。いわゆる英語の”have”動詞に相当する"kam"に過去分詞を並べて完了形を作ったりする。
そのようなオーソドックスな文法事項に加え、アルバニア語や近接のバルカンの諸言語はある特徴がある。アルバニア語はいくつかのバルカン半島の諸言語とともに「バルカン言語連合」を形成していることだ。 連合といっても、アルバニア語とその仲間たちが竹槍を持って何かと戦うわけではない。同じ語族に含まれない複数の言語が地域的に共通した文法的特徴を共有することを言う。歴史的な交流を通して、例えばアルバニア語はルーマニア語やブルガリア語、バルカンのロマ二語と同様に後置定冠詞を使用、不定詞が消滅していたり、「望む」という動詞を用いた動詞で未来形を表すなど、複数の言語的な特徴を隣の諸言語と共有しているのだ。
コソボ:アルバニア語の星?
コソボが独立したのは紆余曲折あって、2008年。ヨーロッパで最も新しい国家だ(ただし、セルビアのように独立を認めていない国もある)。外務省の情報によれば「コソボ独立の承認国(2019年8月現在,101か国以上)を増やし,国連等国際機関への加盟を達成することが当面の外交目標」とされている(4)。そのため、国際社会への認知と加盟に向けて各地で外交官たちが奮闘しているらしい。
その一方で、アルバニア語の認知度は以前として低いと思う。日本と石油で圧倒的な貿易関係を持つサウジアラビアのアラビア語がどういうわけか、日本で永年マイナー言語となるのはあまり理解できないが、アルバニアと日本の関係が密接かと言われると首をかしげざるを得ない。そのため、アルバニア語もマイナー言語になってしまうのはしかたないのではと思ってしまう。
実際アルバニアと日本はどのような関係があるのか調べてみても、外務省の基礎データでアルバニアの主要貿易国に日本はいない。データを見る限りでは、アルバニアに日本が経済援助をしている要素が強そう(5)で、逆に日本にアルバニアが何か存在感を示している印象は受けない。私もアルバニアはちゃんと調べる前までは「ねずみ講で破綻した可哀想な国」「ヨーロッパの鎖国国家」というイメージしかなかったが、今でも具体的なイメージがないのが正直なところだ。
なので、期待しているのはコソボである。コソボはコソボ国籍という意味ではコソボ人なのだが、民族としてはアルバニア人が占める国である。コソボはアルバニア人の国なのだ。ぼっちになっていた外国官のお兄さんからも新しい国家を盛り立てていこうという気概が感じられた。従って、この国の人達ならば、コソボの文化の一部としてアルバニア語をプロモーションできるのではないかと期待している。
30年前の南バルカンの印象はどうしてもボスニア内戦やコソボ紛争など血生臭い戦争の思い出ばかりで占められている。ブースでぼっちだったのはなんとも寂しいが、やる気がある新しい国の外国官に頑張ってもらい、憂鬱なコソボのイメージは払拭してもらいたいものだ。アルバニア語はそんなコソボへの近道でもある。是非、お暇があればアルバニア語の本を手にとってもらいたい。
参考
(1)ZYUMBERI, Isa(1991). Colloquial Albanian. Routledge Inc. PP.68
(2)MACKENSEN, Lutz(2013). Ursprung der Wörter, das etymologische Wörterbuch der deutschen Sprache. Bassermann Verlag. PP.357
(3)GERBINO, Gaetano(2007). Fjalori Arbëresht-Italishti Horës së Arbëreshëvet. Palermo
(4)外務省(2020/1/17閲覧)「コソボ基礎データ」https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/kosovo/data.html#section1
(5)外務省(2020/1/17閲覧) 「アルバニア基礎データ」https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/albania/data.html
オススメ
日本語で大学書林で出ている『アルバニア語入門』がある。そんなにページ数が多くはないものの基礎文法はしっかり勉強できる。ただし、文法事項の割合が多いので、旅行用やもっと軽く読める読み物が欲しい人にはおすすめできない。そもそも、軽く読めるアルバニア語の本が日本語で出版されていない。
もっと濃く勉強したい人にはやっぱりZyumberiの"Colloquial Albanian"。当然英語話者向けという事で、ハイペース・高濃度でアルバニア語の勉強ができる。ただ気がついたら値段がプレミア価格になってしまってたので、若干安値の、MënikuとCamposの新しい"Colloquial Albanian"もいいかもしれない。これは私は使ったことはないのだけれども、サンプルを見る限り、Zyumberiの教科書と同じような印象を受ける。トライしてみるのもありかも。
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その他過去記事
アラビア語について言及しました。
第一号アイスランド語もよろしく
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