培養肉の特許を分析してみる
● 培養肉とは?歴史と現在
今回は培養肉がテーマです。
大豆やえんどう豆の代替タンパクを使った「人工肉」「プラントミート」ではなく、培養された動物細胞です。微生物由来(キノコ含む)のものもここでは含みません。
英語ではlab meat, lab-grown meat, cultured meat, と呼ばれるものです。
ちなみにバナー画像は生成AIで「おいしそうな培養肉」のお題で生成した画像です。ちょっとグロいですね。
詳細はネットで検索して頂くとして、その培養肉の歴史をざっと。
簡単なリサーチで、とても手頃な無料のレビュー論文にいきつきました。
エルゼビアに収録されるFuture Foods誌のVolume 6, December 2022, 100177, 中国 江南大学のYongli Ye氏らによるものです。培養肉の歴史と概要、これまでに各国でなされてきた培養肉に対する消費者動向,意識調査結果がレビューされこの分野の様々課題を考察しています
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2666833522000648
ペーパー中に培養肉に関する重要イベントを示したTimelineが掲載されているので、改変してここに示します。
1971年 Russel Rossによる動物筋細胞の培養による筋繊維構造の増殖成功
1997年 NASAによる宇宙食としての培養魚肉の研究
1999年 Willem van Eelenによる最初の培養肉特許
2002年 NASAのBenjaminsonらによる金魚筋繊維のシャーレ上での増殖
2005年 オランダ国家プロジェクトとして培養肉研究を立ち上げ
2011年 初めての培養肉ベンチャーのMedem Meadow創設
2013年 "3000万円バーガー"と有名な培養肉バーガーの販売発表
2016年 Memphis Meatsによる、ウシ幹細胞によるミートボールの商業販売
2018年 Upside Foods, lab-meat製造コストを2400ドル/1ポンドと発表
2020年 Eat JUSTによる培養チキンがシンガポール規制当局に認可
2021年 Upside FoodsとBlue Naluによる培養肉製品を米規制当局が認可
直近の、アメリカでの培養肉製品の製造認可の発表がかなり大きなインパクトを持っていると思います。これまでのlabレベルでの模索からいよいよ大量生産、コスト競争のレースが始まった感がありますね。
下に参考資料のリンクを貼っておきます。
https://www.believermeats.com/blog/cultivated-meat-industry-historyhttps://www.synthego.com/blog/lab-grown-meatshttps://gfi.org/science/the-science-of-cultivated-meat/
https://www.pp.u-tokyo.ac.jp/wp-content/uploads/2016/02/8d030f5869354d431cb27ad6cb42730b.pdf
https://www.believermeats.com/blog/cultivated-meat-industry-historyhttps://www.synthego.com/blog/lab-grown-meats
● 特許情報の検索
それでは、分析材料となる特許情報を収集していきます。
検索にはPatentfieldを使用しています(検索日は2023年8月中)。
対象公報はUS,EP,PAJ (日本語公報の英訳抄録公報)としました。検索式は下記の通りです。
1. TAC / (cultured+cultivated+cell-based+"cell based"+vat) adj5 (meat*+flesh)
2. TAC / (lab+grown+vitro) adj5 (meat*+flesh)
3. TAC / "clean meat*" biomeat* "bio meat*" "lab meat*" "synthetic meat*"
4. Any-IPC / A23 C12 C13
ヒット件数:(1+2+3) * 4 = 約900件/467ファミリ
ご覧の通り今回の検索式は、TAC (Title, Abstract Claim) 中に”培養肉”に関連する記述があるものに限定しています。ノイズを多く含まずこの分野の関連出願を高い純度でヒットさせることと引き換えに、単に「細胞培養装置」「培養オートメーションシステム」「培地組成」などをクレームし培養肉について全く言及しない出願群はヒットしないというデメリットを含む検索式となっています。
たとえば、日本国内で着実に培養肉の普及を目論むインテグリカルチャー社(https://integriculture.com/)のような、培養肉分野に深く関わりながらも培養装置や培養オートメーションシステムに特化した出願を実施している企業群やその特許情報は今回の母集団からは漏れてしまっています(ただ、現実的にクレーム/全文中で食肉分野について全く言及しない出願となると、どこまでを“培養肉関連技術”としてピックアップすべきか、相当頭を悩ませそうですが。。。)
動物細胞の大量培養や組織培養の技術は培養肉と再生医療分野それぞれにまったく共通の技術です。なので、装置や培養システム関連出願の中には再生医療、培養肉2つの分野へのアプリケーションを意識し、敢えてクレーム上ではこの区別をつけず記載する戦略が成立していると思われます。
上記の点を前提に読み進めて頂ければ幸いです。
● ヒットした公報の閲覧と技術タグの付与
ヒット件数467ファミリの公報は目視により内容を確認し、ノイズを除去し残った公報135件を調査対象としました。135件には目視により内容を確認した結果を反映するため技術タグ「大分類」「小分類」、さらに概要を説明するコメントをリスト上で付与しました。
こちらのリストをご希望の方はぜひお気軽にメールかコメントでご連絡ください。無料でリストをお渡し致します。
● 最初期の出願 (Van Eelen特許)
135件の出願を出願年別に集計した結果が下のグラフです。
最初期の出願を確認すると、オランダのファン・エーレンによる培養肉コンセプトそのものを記載する、あの有名な出願でした。また、ほとんどの出願の出願日が2017年以降に集中している点も特徴的です。
このVan Eelen出願、結局日本では権利化されることはありませんでしたが、USでは権利が成立しています。成立したクレームを紹介します。
CLAIM1.
A meat product produced by the process comprising:
culturing in vitro non-human animal cells selected from the group consisting of muscle cells, somite cells and stem cells, in a medium free of hazardous substances for humans, thereby producing a three dimensional animal muscle tissue, processing the three dimensional animal muscle tissue to provide a finished meat product wherein deboning, removal of offal and/or tendon and/or gristle and/or fat is not required,
said finished meat product comprises solidified muscle cell tissue as the protein source, wherein the finished meat product is suitable for at least one of human and animal consumption, and wherein the finished meat product is in a form selected from the group consisting of sausage, spread, cooked puree, pureed baby food, biscuit, dried granules, tablet, capsule, powder, pickled meat product, smoked meat product, dried meat product and cooked meat product.
本当に「コンセプトそのもの」で、1.細胞培養 → 2.三次元培養 → 3.余剰物(腱や筋)の除去→ 4.食品として調整という一連の操作とその生産物が権利化されていることが理解できるかと思います。ちなみに発明者のWillem Van Eelen氏は2015年に永眠されています。
この「偉大」な培養肉特許は2020年を待たず期間満了となっております。この広い広い範囲を網羅するEelenさんの権利満了が今現在の培養肉ブームの発端になっているのは間違いないと思います。実際、グラフをご覧頂くとほとんどの培養肉関連出願2017年以降に集中しており、これはVan Eelen特許の満了を睨んでの事でしょう。
● 発明主題の技術カテゴリ (大分類)
調査対象となった135公報について、目視確認での発明主題の特定により技術分類を付与しました。付与した分類と説明、付与件数を示します。
一番多いのは「培地添加剤」に関する出願です。一般的には哺乳類細胞を培養する場合、増殖をブーストするために各種サイトカインやウシ由来血清、ウシ血清由来タンパク質などを添加します。また、これらに代わる低分子も様々存在します。しかしながら「食用」となるとこれらの動物由来物質や実験室グレードの合成成分は当然忌避されるものですので、食用に耐える代替成分が各種開発され出願されていました。
次に多い出願が「足場構造」でした。培養肉を「肉塊」として成形するためには、細胞を付着させ立体的に増殖させるための足場が必要となります。この足場の構造について様々な出願がみられました。3Dプリンタを使った構造や、メッシュを重ね合わせた構造、コラーゲン等を用いて作られた微小粒子、アルギン酸を発泡させたスポンジなどなどがありました。
足場関連ですと、構造というよりも素材に特徴をもたせた出願も多く見られました。糸状菌菌糸の塊、植物油脂、脱細胞化した胎盤組織、ウシの血漿をゼラチンで固めたもの、ファイバーの中にゲルを充填したもの、などがみられました。
また、用いるソース細胞が主題となっている出願も併せて多くみられました。特徴的な出願として昆虫細胞というものもあります。哺乳類、鳥類、魚類の細胞が一般的に使われますが、それぞれの細胞の「複合系」というものも複数見られます。また、幹細胞を用いる、体細胞を用いるといった差別化もなされているようです。
●もっと詳細な技術タグ (小分類)
各出願を目視確認し、各出願に付与した発明主題となる技術の大分類は前述しました。次は、この大分類をさらに詳細に噛み砕いて付与した技術タグである「小分類」について。
1. 「大分類:培地添加物」の詳細と面白い出願の紹介
一番多かったのは低分子化合物からなる血清代替物。無血清培地に使う成長促進剤の類です。
このカテゴリで、個人的にかなり特徴的だなと思ったものをご紹介。
US2022098546:Biftek Inc. (US ※拠点はトルコ;アンカラ)
MICROBIOTA-DERIVED POSTBIOTICS: ALTERNATIVE SUPPLEMENT TO FETAL BOVINE SERUM FOR CULTURED MEAT
マイクロバイオータ(有用共生細菌系)をウシ血清代替物として培地に添加し細胞増殖を促すというものです。実際にグループではいくつかの系統の筋細胞成長促進作用のあるバクテリアを単離しているようです。
大量の筋細胞を培養する培養肉の生産現場では培地製造コストが問題になるようで各社が頭を悩ます問題です。もちろん環境負荷の面から培養肉を製造するために大量のエネルギーと資源を使うとしたら培養肉の魅力も半減してしまいます。バクテリアがこのコスト、環境問題を解決してくれるとしたらかなり夢のある話ですね(まあ、それはそれで系統維持コスト、殺菌やフィルタリングのコスト、品質管理コストといった別の問題も考えなければなりませんが)。
US2022119851:CALYSTA, INC. (US)
HEME-CONTAINING CELL CULTURE MEDIA AND USES THEREOF
こちらはメタン資化細菌を活用したタンパク製造を手掛けるCATALYSTAによる出願です。温暖化因子、燃やして燃料にする以外ではやっかいな廃棄物として認識されるメタンをバクテリア培養を介して食糧生産に利用することで気候変動、食料問題に取り組むチャレンジングな企業による培養肉関連の出願。
要は、自社がもつ省エネ型C1代謝バクテリアの代謝産物を培地成分として使うというものです。廃棄物であるメタン→バクテリア増産,タンパク製造→培地に溜まる成分を筋肉培養に利用 という一石二鳥、三鳥を目指す出願です。これも夢がありますねえ。
2. 「大分類:バイオリアクター」の詳細と面白い出願の紹介
件数は多いですが「足場構造」はあまり面白いものがないので「大分類:バイオリアクター」に移りましょう。一番多いのは、リアクター(要するに培養槽)の構造に関するもので、足場ユニットの配置や構造などに関するものです。このへんは各社、大量に効率よく細胞を増やす工夫が反映されているようです。
このカテゴリで、個人的に興味をもったものを。
特表2023-511430: AIR PROTEIN INC (US)
微生物由来蛋白質加水分解物、ならびにその調製法およびその用途
これもバクテリアの増殖と筋肉タンパクの増殖を並列化させたプロセスに関するものです。バクテリア(水素酸化細菌を想定)を増殖、増殖したバクテリアを分解しバイオマス化、これを筋肉細胞培地に添加し利用するというプロセスを組み込んだリアクターに関するものです。使用するバクテリアをCo2固定菌とすれば、大気成分から肉が作れるというアイデアです。
出願人はAIR PROTEIN Inc.。"空気由来のタンパク質=AIR MEAT"の開発を謳うカリフォルニアのスタートアップです。
上述の「培地添加成分」でも触れましたが、培養肉製造に関する莫大な培地製造コストを、バクテリアを用いることで大気成分や廃棄物を資源化する手法により圧縮していこうという試みが海外で広がりつつあるようですね。
3. 「大分類:遺伝改変/発現制御」の詳細と面白い出願の紹介
次は、細胞の遺伝子改変または発現制御技術によって培養肉製造を効率化しようという技術主題の出願について。
一番多いのは成長因子遺伝子を導入、強制発現させて自らの増殖を強化するというもの。想像しやすい技術です。
ここで興味深い出願を。
US2022228121:TUFTS COLLEGE (US)
CULTURED MEAT PRODUCT WITH GENETICALLY MODIFIED CELLS
細胞にphytoene (フィトエン) 合成遺伝子を導入したもの。フィトエンは体内でリコペンへと変換され、これはトマトの赤色色素として知られる化合物です。このphytoene合成遺伝子を培養肉の出発細胞に導入することで、肉の色味が強化されるとされます。出願人はタフツ大。
タフツ大は出願数6件とこの分野で大きなインパクトをもつグループで中心はCelluler AgricultureコースのDavid Kaplan labのようです。Kaplan氏はこのほかにも、不死化因子を導入した細胞や、昆虫の筋細胞を用いた培養肉など面白い出願をもっています。
WO2023018995A:KRIEGER JESSICA (US) ※ OHAYO VALLEY INC (US) CEO
ANIMAL CELL LINE AND PROCESS DEVELOPMENT OF CULTIVATED MEAT PRODUCTS
ゲノム編集によりILK, GLUT4, PDK-1, TBX2, Pax3, telomerase を過剰発現させた細胞、そのための核酸ユニットがクレームされています。
これらの遺伝子の過剰発現は、培地中の成長因子非依存的に増殖するためコストエフェクティブということはわかるのですが、明細書にはそれだけに留まらず "sensory property"を改善し、色や味についても効果があるとしています。
これは恐らく 、遺伝子編集により細胞を過剰成長させることにより"肉塊" が従来の限界を超えて大きく成長し、より肉らしい味とテクスチャを得られるという事だと思います。
出願人のOhayo valleyはズバリ「足場無し肉塊」の製造を目指すスタートアップ。面白いですね。“Cultivated Wagyu” というブランドコンセプトも素晴らしく挑戦的です。
● 主要出願人の分析
技術の詳細をここまで見てきました。
次に出願名の集計結果を眺めてみましょう。
出願人名は、DBから吐き出されたデータを目視で統制しています(AI全盛の時代になっても、いまだに自動で名寄せ作業をやってくれないのはどうにかならんものでしょうか、DB各社さん。。。)。
同じ出願人名なのに一方には半角スペースが紛れていたり、Companyが省略されたりされなかったり。などなど、名寄せ作業は件数次第ではとても面倒な作業になりますね。
1. UPSIDE FOODS INC.
さて、一番多くの出願が抽出されたのはUPSIDE FOODSでした。
ウィスコンシン州マディソン拠点の2015年設立のスタートアップです。設立間もない企業ですが、既にこれだけのパテントポートフォリオを備えていて本気度が伺えます。有名三ツ星レストランのメニューに製品が採用されたり、最近も培養シーフード企業の買収を完了させたと話題にになっているようで今後ますます勢いは増すものと思われます。
彼らの出願内容は「「培養装置」「足場材料」「遺伝子改変細胞」と多岐にわたります。特に改変細胞関連出願が多く、癌化に関連する遺伝子を操作し増殖性/未分化性を向上させた細胞や、成長因子過剰発現細胞など、培養肉用にチューンアップされた細胞を積極的に開発しているようです。他には「食品の包装方法」や「パウダー化した培養肉」など特徴的な出願も見受けられます。
ところで、イスラエル政府は培養肉産業に積極投資を続けています。イスラエル政府の培養肉産業への積極投資の効果は、上記表に示したトップ出願人の中にイスラエル企業が4社(Aleph, Yissim res., Supermeat, Meatech 3D) 参入している点からも評価できると思います。4社はアメリカからの参入数3社を抜いて韓国と並びトップ。この分野の国別に見た技術力ではイスラエルは世界トップと言って過言ではないと思われます。
2. ALEPH FARMAS LTD
UPSIDE FOODS(米) の次点がそんなイスラエル発のスタートアップ、ALEPH FARMASした。ところで、イスラエルは政府挙げてかなり培養肉に力を入れています (例えば
そんなALEPH FARMASの特徴は "宇宙培養肉" に取り組んでいること。将来の宇宙空間での生肉製造を本気で試行錯誤しているようです。また国内では三菱商事がパートナーを組み開発と販売を睨んでいるとのこと。
出願内容は骨格筋細胞の成長を促す成長因子カクテルを開示する「培地添加物」、筋芽細胞+内皮細胞を使う「ソース細胞」、3Dプリンタ製の「足場素材」など様々でした。他にはカロテノイド添加し使った肉っぽい色を作り出す色素の出願も。ALEPH FARMASもUPSIDE FOODSと同様に細胞培養から肉製品の製造まで、サプライチェーンでの幅広い出願活動が見受けられます。
3. MOSA MEAT BV
2013年に3000万円バーガーとして話題になった、世界初の培養肉バーガーを発表したMark Post氏がファウンダーのオランダ企業です。
当時3000万円以上と言われた培養肉バーガー1個の価格は、2022年には9.8ドルと言われています。10年で1/10000の低価格化と考えると凄まじいスピード感です。
Mosa meatの出願はゲル充填ファイバーを用いた細胞培養プロセス (これについては、某日本の大学で全く同じコンセプトの先行例があるはず)、アルギン酸粒子からなる培養足場、脂肪幹細胞を使用した培養肉製造方法など、多岐にわたります。
ところでこのMosa Meatですが上で紹介したAleph farmasとともにあのディカプリオが投資対象として出資し自らも経営に参画すると発表したことで、2021年に話題になっています。投資は大成功?
さて、ここまで長々と分析してきましたが、
一応前編はここまで。続きはまた後日に。
再度お伝えします。
この分析に使った公報番号リスト(コメントつき)をご覧になりたい方はコメントもしくはメールでご連絡ください。