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What's SHODO?展 鑑賞メモ

溜池山王のMARUEIDO JAPANのWhat's SHODO?展を見に行った。ハシグチリンタロウの作品を見ることが目的だった。会期終了間際の訪問、今から振り返ると、しばらく展覧会を見られなくなるとは、この時は思ってもいなかった。早く禍が終息すればいいのだけど。

グループ展、書道と現代アートのクロスオーバー。

墨画、墨と和紙

ハシグチリンタロウについては、こちらのページの動画を見てほしい。

タオルを使って、墨を用いて、アクション・ペインティングのように描いている。作品のモチーフは、勢いに任せているようにも見えるが、作品に至るまでに、緻密にノートに筆記され、構想が練られている。

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上記のノートの記述は、先のURLの動画でも描いていたケモノをモチーフとした作品、コスミス。ステートメントを引用しておく。

遥か昔、洞窟の中に絵や文字の始まりを描いていた。その内壁がひっくり返って飛び出し、世界は野生動物の牙やツノの尖りだらけになった。
プアメンが「COSMYTH!」と叫べと、無数の尖りが集まり、大ボラのけものが現れた。彼らは人間が作り出す枠や分離を知らない。
本シリーズ「COSMYTH」はCOSMETHICとMYTHからなる造語。プアメンは自らに尖り模様を塗り、目覚める。芸術は愚者のためにこそ光れ。

けものは、イノシシあるいはハクビシン。彼は、長崎の田舎に住んでいて、スタジオの周りで、そうした野生動物を沢山見かけるということ。

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さて、グループ展、5人ほどの作家が参加していた。

山本尚志の作品、書道家であり、美術家であり、キュレーターでもある。マルチに活躍する人。

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作家一人あたり、2点ほどの展示。それほど数が無かったために、ハシグチリンタロウ作品についてギャラリーの担当者に確認すると、展示している作品は、ほんの一部だという。

カタログを見ていたら、作品を出してくれた。

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もともと古美術を扱っていた場所を現代アートのギャラリーとしているらしい。和室があるのが目新しい。ギャラリー担当者によれば、案外、床の間と現代アートは相性がいいらしい。僕もそう思う。

力強い画面。

書道なので、文字を書く。それがモチーフを結び、画となる。

冒頭のリンク先から確認できるビデオ、こうして実際に触れた作品群。レトリスムのようであるが、書道であるということを潜在的に意識してしまう。日本の小学校の書道教育を鑑みて、そうした意味ではレトリスムに近いのかもしれない。ただ、今の時代の新しさがある。


RUBBER CAVE

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下にプチプチがあって、床に置かれていることからわかるように、この作品も裏の倉庫に眠っていた。

先ほどのステートメントにあった、これは洞窟である。ゴムのように柔らかくなって、内側がひっくり返り、そこに描かれた動物の壁画、それが世界に溢れてきた。洞窟、ケモノ、人。

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アイデアスケッチのノートも見せてもらった。ただ、なんでゴムなのかを聞くのを忘れた。。。(今度会ったときに聞いてみたいと思う。)

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洞窟の奥の方に、わざわざ描いた獲物の壁画、その洞窟から出てきた壁画は、コスミスとなる。腹にある乳房のようなものは、乳でもあるが、Phoneジャックという。言葉を異にするケモノと人間が、コードを通してコミュニケートする。その相手はプアメン。

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プアメンは、もはや文字が書かれていると認識できない。タギングのような作品。トゲトゲは、コスミスと同じコンテキスト。

プアメンは、作家自身のことでもあるが、作家以外の誰かでもある。だから複数形。枠にとらわれる人間、その枠を超えたいと思う渇望、そうしたものの葛藤のような、そうした思いが込められている。

感性とエネルギー

書き言葉と話し言葉、文字の普及、つまり印刷技術の普及によって、話し言葉に込められていた呪術的な力が脱力されてしまった。そうした言葉に、もう一度、パワーを注ぎ込むような、そんな作品シリーズ。洞窟から出てきたケモノは、フォンジャックを通じてコードでプアメンと通じあう。もはや、ケモノと人なので、言葉が通じるものではない。脱力化された言葉に、再び力を取り戻すかのような、そうした連続性を感じた。

ギャラリーのショーウィンドウに飾ってあった作品は既に売れてしまったらしい。この他にも、大型作品から売れてしまった。ギャラリー担当者に聞いてみたところ、そうした作品を買った人は、毎日、作品からエネルギーをもらっているという。






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Tsutomu Saito
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