鶴橋で本を買うということ
上本町に用事があったので、1か月ぶりに電車に乗った。最近、防災無線に加えてごみ収集車までも「感染爆発の危機が迫っています。不要不急の外出は控えるようご協力を…」とアナウンスしながら巡回していて、家で四六時中それを聞いている。駅のホームで待っている間も、ずっと「お知らせ」が流れていた。散々外出への罪悪感を植え付けられているので、もうその放送は食傷気味だった。各駅電車が来たのは11時くらいだったのもあって、長い座席の端に1人ずつくらいしか座っていなかった。まあ平日の昼間ってこんなもんじゃないかなあ。
用事を済ませて、以前知人からおすすめされたパン屋「上町トースト倶楽部」に寄ろうとGoogle Mapを起動。駅から歩いて3分くらいで着いたけど閉まっていた。入口に貼られた営業日を記したカレンダーは2月のままだった。人気店なのでまさか閉店したわけではないと思うが、次来たときは開いているのだろうか。スマホで情報を調べながら店の周りをうろうろしていたら、自転車に乗った警官と目が合った。労働者なのか学生なのかわからないゆるっとした装いの私は、なんとなく居心地が悪かった。ただの日常業務の巡回なんだろうけど、視線で外出を咎められているような、ひやっとした気持ちになった。
天気が良いので上本町から鶴橋まで一駅分歩いた。千日前通の広くてきれいな道を歩くのは気分転換になるので、上本町に行ったら必ずといっていいほど通る。閑静な住宅地やオフィス街から、ゆるやかな坂道を下っていくにつれ、「焼肉」「キムチ」の派手な看板と食べ物の匂いが入り混じり、商店街に着く。徒歩5分で全然違う景色が見られるのが楽しい。
鶴橋駅の高架下にある高坂書店に寄った。韓国の小説「アーモンド」が、文学コーナーの目立つ位置に置いてあった。本屋大賞の翻訳小説部門で1位に選ばれたと新聞広告で見たばかり。気になったので手に取った。ほかにも何か買おうかと、振り返ると後ろの棚に嫌韓本が数十冊並んでいた。ここは地理的特性から、韓国・朝鮮に関連する本を充実させている。以前は在日系作家の作品や反ヘイト本を熱心に取り揃えていると聞いたが、今日見た棚は明らかにヘイト的な単語が多く見えた。両論併記的な、あえていろんな視点を知ろうってことなのか。それとも売れるからなのか。学生時代、さっき歩いた大好きな千日前通でヘイトスピーチの行進を見かけたことを思い出す。うーん、鶴橋でこういう本を置くってどういう意味なんだろう。もやもやしてしまい、アーモンドを棚に戻して店を出た。
腹が減ったので鶴橋商店街のいつも行く店でホットクを買い、ベンチで食べた。いつもは生地を熱々の鉄板でじっくり焼いてくれるが、今日はレンジでチンし、鉄板で温める時間は一瞬だった。美味しいけど、いつもの方が美味しく感じた。視覚効果? 別の店で、キンパとチャプチェ、鯛のチヂミ(おまけですり身の天ぷら付き)をテイクアウトした。昼時だったので、近所の人っぽい若者や親子が買い物していたけど、観光客がいないとやっぱり静か。チマチョゴリ屋を通りかかると、店の女性が膝を崩して何もせず座っていた。いつも韓国文化大好き女子たちが、この辺りを活気づけていたんだなと実感した。
帰りの電車で考え事をしていたら、あ、やっぱりアーモンド買えばよかったと思い直した。あの本は、高坂書店で買うことに意味がある。不愉快になるヘイト本もあるけど、韓国・朝鮮の面白そうな本もたくさんあった。だから、後者を買えばそっちを応援したいという意思表示になるんじゃないかと。Amazonじゃなくて、街の本屋で買う意味ってこういうところにあるのかもと思った。