越前敏弥先生の『訳者あとがき選集』を読んで
こんにちは。以前、英語の句動詞の勉強用に書いていたメモ書きnoteですが、書きたいことがあったので、久しぶりに再開してみます。
去年から趣味で翻訳者の越前 敏弥先生の文芸翻訳講座を受講していまして、
英日の文芸翻訳の世界を覗いてみる楽しい機会をいただいています。
翻訳について知れば知るほど、本について、そして言語について興味津々になっていきます。本当に奥深い世界だなあと。
そしてこの度、その越前先生が『訳者あとがき選集』(HHブックス)というご本を自ら制作し、発売されたと聞き、さっそく入手して読みました。
表紙の触り心地もさらりとして良く、青を基調としたデザインもクールで素敵です!鞄に忍ばせて持ち歩きしやすいサイズですね。
今まで越前先生が翻訳されたご本から21作品が選ばれ、当時越前先生が寄稿された「訳者あとがき」の文章が全部掲載されています。(なんと、「訳者あとがき」というのは無償の場合が多いのだそうで、びっくりです)
そして、さらに嬉しいのが2024年10月に追記された文章も21作品分載っていることです。例えば20年以上前に出版された作品について、その後どうなったのかなど、補足情報や先生の想いが読めるのが贅沢です。
読んでみた感想は、「本当に良かった!!」です。人に勧めたくなるご本でしたので、noteを再開したくらいです。
では、何が良かったのか、もう少し詳しく書いてみます。
作品を読みたくなる
21作品のうち、私が持っている本は『飛蝗の農場』『天使と悪魔』『解錠師』『世界文学大図鑑』『老人と海』くらいで、未読の作品が多かったのですが、『訳者あとがき選集』を読んだ後はもれなくどの作品も読みたくなりました。
翻訳を担当した方は、作品ととことん向き合って、たくさんの調べ物をして、すみずみまで検討をして訳しているので、原作者と同じくらいその作品に詳しいということですよね。その方が書いた作品情報ですから、まず非常に詳しい。原作者についても、どのような経歴の人なのか、母国ではどのような位置づけなのか、他にどのような著書があるのかなど豊富な情報を提供してくれますし、作品についてもわかりやすいあらすじに、独自の視点からの素晴らしい推薦文を添えてくれています。
それはもう、作品が読みたくなること間違いなしです!
私もこれを読み終わった後、
・スティーヴ・ハミルトンの『氷の闇を超えて』
・シヴォーン・ダウドの『ロンドン・アイの謎』と亡くなった後にロビン・スティーヴンスが書いた続編の『グッゲンハイムの謎』
・デニス・ボックの『オリンピア』
・エラリー・クイーンのドルリー・レーンシリーズ
をさっそく入手しました。あとがきから先に読むのもまた一興ですね。一部はもう読み終えて非常に良かったので、また紹介したいなと思っています。他の作品も読むのが楽しみです。
翻訳の裏側が覗ける
また覗き見の話ですが、この『訳者あとがき選集』には、作品が翻訳・出版されるのに至った経緯に触れられていることも多く、翻訳業界に興味津々の私としては非常に面白かったです。
例えば、先生が虜になって自ら出版者に企画持ち込みをした作品。いくら惚れ込んだ作品でも、売れる見込みがないということで、なかなか刊行まで至らないことも多いとか。そんな作品が様々な出会いと機会を経て刊行に至ったと聞くと、もはや出会えたのが奇跡……! と思えるご本もありますね。
そんな思いのこもった作品でも、ヒットをしないと、残念ながら絶版になってしまい現在では入手困難になってしまうといいます。そんな版権のからんだ契約がある翻訳書出版ならではの厳しい事情を知ることができました。自分が苦労して想いを込めて翻訳した作品がわずか数年で絶版になってしまう、そんな厳しい世界なのですね。自分が翻訳者だったら、どう感じるだろう……と想像すると、答えは一つ、「どうか少しでも多く売れて、たくさんの人の手に届いてほしい」と切に願うだろうなと思いました。それが越前先生がこのような活動を続ける理由なのではないかと理解しました。
そして、読者としての意識も変わりました。私は昔から本好きなのですが、かなりマイペースな本読みだと自認しています。自分が読みたいと思った時に読みたい本を読むのだと心に決めており、新刊だからとか、今みんなが読んでいるから、話題の本だからということで、私も今すぐ読みたい! とはならず。もちろん新刊の本を手に取ることも多いですが、普段はのんびりと数年前の本を読んでみたり、クラシックを読んでみたり、学生の頃に好きだった本を再読してみたり……そんな読書スタイルです。「本はいつでも私を待っていてくれる」と、そう思っていました。
しかし、翻訳書については、早くたくさん売れるということが、長く書店に並ぶためにどうしても必要なのだとわかりました。いつまでも読めると思ったら、そうはいかないということですね。考えてみると、単行本から文庫にならないままの本もたくさんありますよね。なので、今後は好きな外国の作品が、少しでも多くの人の手に届くように、出会った時に買ったり、人にお勧めしたりしていきたいなと思いました。
熱い想いが伝わる
越前先生はいつも飄々として……というのは失礼ですかね、つまり冷静で落ち着いて見えますが、本に対する愛情がそれはもう深く、非常に熱い想いと志を持って翻訳というお仕事に取り組まれているのが良くわかりました。そして、このお仕事が大好きなんだというのも伝わって私も感動してしまいました。
勝手ながら、熱い想いが伝わる文章を厳選して引用させていただきます!
どうですか、想いが溢れていますよね。熱いですよね……!じーん
ミステリーのイメージが強い越前先生ですが、児童書や純文学、クラシック作品にも愛が深いということも伝わりました。
自主出版の魅力がわかる
『訳者あとがき選集』はオンラインショップのBOOTHかBASEで購入ができます。
また、電子版はKindleで読むことができます。
そして、書店では神保町にあるシェア型書店PASSAGEとSOLIDAにある越前先生の本棚に置いてあると思います。私も先日お店に伺い、全棚を堪能いたしました。わくわくです。
あとは、越前先生のトークイベントや講座などで販売されるかもしれません。
ということで、この『訳者あとがき選集』は出版社を介さず、一般の書店でも販売しない「自主出版」の形をとっています。
数千部は売れないけど、数百部は確実に興味を持つ人がいる、そんな本は確かにあるはずで、出版社からは出せなくても自分で作って売るという方法があるのか、と私は目から鱗でした。
しかも、出版社を通さない本=出版社を敵に回す、という訳ではなく、この本を読んだ人はもれなく登場する本が読みたくなるはずで、つまり他の本の購買も促進する、出版業界を盛り上げるというみんなが喜ぶ構図になっているのです。すごい。
私は10年以上前ですが出版業界の片隅で勤めておりまして、その当時から出版物の売り上げは落ち込む一方、もうこの業界に未来はないのではないかという暗い雰囲気が漂っていました。それから10年、悲しいことに予想通りというか、出版業界にあまり明るい話は聞こえてきません。
しかし、今回シェア型本屋さんに行ってみたり、先生の自主出版の本を手に取ったりして、作り方、売り方、出会い方にも色々な形があるんだ、そして相も変わらず本好きのみなさんが希望をつないでいるのだという、晴れ晴れとした気持ちになりました。
一読者として、そして翻訳勉強中の者として、自分のできる方法で本を愛し、応援していきたいと思います。