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甥っ子を取り上げた話。

2019年のある日。
1件の通知が来た。
「これって、妊娠してるってことでいい?」
そこには、2本の赤い線がくっきりと浮かぶ
検査薬の画像が添付してある。
「そうだよ!おめでとう!!」

連絡してきたのは、弟だった。
前年、幼馴染同士で入籍したばかりのまだ若い夫婦。
生理周期もあまり理解していないようだ。
どのタイミングで病院に行くか、
どんなことに気を付けたらよいか。
一から説明するのは骨が折れた。
でも、一番に報告する相手に、
私を選んでくれた。
にまにまが止まらなかった。

弟夫婦が住む地元の病院では、
初産婦の出産を受け入れていない。
当然のように、
私の勤務先で分娩することに決まった。

当時、私は夫と交際したばかりで、独身だった。
だから、というのも不思議な話だが。
34週を目途に、義妹を私の家で預かることになった。
長ければ2ヶ月弱、2人での生活になる。
いくら幼いときから知っている仲でも、
義姉と同居するのは覚悟がいったことだろう。
夜勤のある仕事で、良かったと思う。

妊娠経過は、至って順調だった。
「今日はお散歩してきました。」
「今日はスタイを作ってみました。」
「お姉ちゃん、お味噌汁作ったからどうぞ。」
慣れない生活の中でも、
自分と、これから迎える我が子に、
たっぷりと時間を使いながら。
偏食な私を気遣って、
時々料理をしてくれる義妹との生活は、
とても、とても順調だった。

正期産に入る37週からは、
毎週末、弟が来る予定になっていた。
最初に迎えた週末には、台風が近づいていた。
タイミングを逃すと、こちらに来られないかもしれない。
事情を知っている会社の上司が後押ししてくれ、
予定より1日早く、弟がやってきた。
私は、夜勤明けだった。

弟と一緒にやってきた母と、
眠い目をこすりながらランチを食べ。
夜は景気付けに、弟夫婦と回転ずしへ行った。
なんとか台風の波に乗って、
弟がいる間に生まれてくれ~~~!
そう願いながら就寝した、23時。

「お姉ちゃん、陣痛きたかも…」と
か細い声に起こされたのは、深夜2時半。
まだまだ陣痛とは言えないほど、間隔はあいていた。
湯船にお湯をはり、ゆっくり浸かってもらうことにする。
出てきたときにはもう7~8分間隔で、
さーて、いつ入院するか…と考えていた、そのとき。
計ったかのように、破水した。
準備をして病院に着いたのが、4時40分。
本当に有難いことに、
先輩が「好きなようにどうぞ〜〜」と言ってくれた。
義妹は分娩着、私はスクラブを着て。
一気に助産師モードの私へ。
まだ子宮口は3cm。
さほど痛がってもいない妹だったが、
点滴を刺すときは、さすがに手が震えた。

きょうだい3人で分娩室にいるなんてシュールだね〜〜
さっきまで寿司食べて寝てたのにね〜〜
…なんて、和やかムードも束の間。
朝7時をすぎた頃から、急激に痛がり出す義妹。
聞いたことのないうめき声をあげて、
横向きになり、柵にしがみついて耐えている。
腰をさする弟の邪魔をしないように、
ただただ三陰交(ツボ)をマッサージして、見守る。
時々、痛みから逃れるようにして、
弟の手を振りほどいたり、蹴ったり。
そのたびに、「ごめんねっ…!」と声を振り絞る義妹。
これほどまでに、代わってあげたい!と思うお産は初めてだった。

「おねーちゃん…おしりが痛い…」と言ったときにはもう9cmで、
そこからはあっという間だった。
私の手はまた震え始めた。
自然にいきみ、どんどん髪の毛が見えてくる。
会陰切開も要らないほど、スムーズだった。
頭が半分以上露出すると、力を抜いて、呼吸を切り替える。
ゆっくりと、肩、おなか、おしり、脚と、
順番にあらわになっていく。
分娩所要時間は、およそ5時間。
「おめでとう~~~!」
震える声で、そう叫んだ。
臍帯を切り、赤子を義妹に抱かせるのと同じくして。
私の緊張の糸も、やっと切れた。

義妹が医師の処置を受けている間、胎盤を眺めていた。
その横で、高く、力強い声で男の子が泣いている。
普段感情を表に出すことが少ない弟は、
少しだけ控えめに微笑んでいる。
感動を溢さないように。
胸の奥でじっと、噛みしめているようだった。

1時間おきに体調を確認しに行くと、
2人とも うとうととしていた。
幸い、分娩後の出血は少なく、順調に歩くことができた。
3人並んで新生児室へと向かう。
再び、アドレナリンが漲ってくる。
包まれたバスタオルから、ひょっこりと顔だけを見せるその子。
たった数時間なのに、もうすでに顔が変わって見える。
「頑張ったね。おめでとう。」
まだ点滴が入ったままの腕に抱かせてやると、
その子は、口を開け顔を左右に振る。
そっと指を差し出すと、
小さな手で、ギュッと掴んでくれた。

とても天気の良い日だった。
そういえば、2日間仮眠しかしてないな。
急に睡魔が襲ってくる。
弟と2人、わが家へと帰る。
まだ午前中。
心地よい風が、労ってくれているようだった。

この手で、甥っ子を取り上げた。


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