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日米上場SaaS企業のS&M・R&D・G&Aコスト比較

※この記事は'21年4月にリリースしたものをnoteへ引っ越しして掲載しています。

今回のnoteは、日米の上場SaaS企業について、上場年度および前年度、前々年度のコスト構造(原価、販管費、S&M、R&D、G&A)、売上、成長率などを調べました。
以下を目的として分析しましたので、少しでもSaaSに関わる方々のご参考になると嬉しいです。

  1. 日米SaaS企業における上場時の原価や販管費などのコスト配分が、どの程度なのか概況を把握する。

  2. 日米のコスト配分を比較することで、グローバルレベルのSaaS企業とのギャップを知る。

  3. S&M比率、R&D比率、G&A比率でクラスタリングすることで、どういうタイプの企業が存在するのか、国内企業はどのクラスタに属するのか知る。

  4. コスト配分と売上成長率との間に、どのような関係があるのか傾向を掴む。

調査対象SaaS企業

比較的最近の傾向を掴むために、上場から5年未満のSaaS企業を選びました(日本:21社、米国:28社)。調査した企業リストは、noteの最後に掲載しています。

設立から上場にかかった年数

今回調査した企業における設立から上場にかかった年数分布を見ると、日米の中央値は、11.5年(日本)、10.3年(米国)となっていて、米企業の方がやや早く上場する傾向がありました。また、分布の幅も少し狭くなっています。


各社の設立から上場にかかった年数を見ても、日米企業が入り混じっています。平均値は11.5年、中央値は10.5年でした。

顕著に異なる日米の売上規模の格差

上場年度から遡った年度別に日米の売上分布を比較すると、上場年度の3年前から上場年度まで顕著な違いがあります。

上場年度3年前における米企業の売上中央値が71.8億円(平均値:122.9億円)に対して、日本企業の中央値は5.9億円(平均値:8.8億円)で、12倍の乖離があります。

上場年度においては、米企業の売上中央値が277.6億円(平均値:373.2億円)、日本企業の中央値が19.7億円(平均値:30.4億円)で、14倍の乖離があり、日米間で大きな差があることが分かります。
※1米ドル=106円で換算しています。

売上成長率の分布比較では、日米ともに同じような分布で、年度が経過するにつれて徐々に下がっています。ただ、米企業は日本企業よりも大きな売上規模を持ちながらも、同じ程度の成長率を維持しているのが驚異的な点ではないでしょうか。

中央値では、上場2年前の米企業:+59.2%、日本企業:+72.8%に対して、上場年度は、米企業:+44.3%、日本企業:+41.7%になっています。

アグレッシブに販管費を使う米SaaS企業

次に日米の原価率と販管費率を見ていきます。
原価率の分布は重複している部分も多いですが、米企業の方が低い傾向があります。原価率は比較的下げることが難しいとも言われますが、米企業の原価内訳を参考にしてみても面白いかもしれません。

一方、販管費率は米企業が非常に高く、上場年度2年前から上場年度まで中央値が100%を超えているのも注目すべき点です。この販管費率の高さは、米企業の方が積極的にグローバル展開していることも関係していそうです。異なる市場に展開するため、効率(販管費あたりの売上増加額)も日本企業より低い傾向になっています。

日本企業は上場年度に近づくにつれ、販管費率を低く抑えようとしていますが、米企業は下がる傾向がないのも興味深いです。

初期段階に攻めたS&M・R&D投資を行ったfreee

S&M(Sales & Marketing)コスト、R&D(Research & Development)コスト、G&A(General & Administrative)コストを開示している米企業の分布と日本企業各社(AI inside、freee、PLAID、Yappli)の比較を見ていきます。

売上に対するS&M比率について、freeeが米企業と比べても上場年度1、2年前に攻めた投資を行っていることが分かります。この投資が、国内SaaS企業の中でトップクラスの成長を遂げた要因の一つと言っても良いのではないでしょうか。

S&Mコストあたりの売上増加額では、上場年度のAI insideが突出して高くなっていて、非常に効率良く売上を伸ばしていることが分かります。


売上に対するR&D比率でも、上場年度2年前のfreeeがアグレッシブにR&D投資をしているように見えます。エンジニアの採用を増やし、サービス機能を一気に拡充して、差別化を図ろうとしたのかもしれません。

日米SaaS各社の上場年度から遡った売上と成長率の推移

こちらのグラフを見ても、売上規模が日米できれいに分かれていて、差がはっきり出ています。唯一、上場年度の売上が国内トップのSansanが、SendGridとSprout Socialを超えているのみです。

今回調査した企業の中で上場年度の売上が大きい順に並べると、Dropbox(1475億円)、Unity(818億円)、DocuSign(743億円)と続きます。


上場年度の前年比売上成長率トップ3は、AI inside(+261%)、Snowflake(+123%)、Feedforce(+117%)となっていて、日本勢も上位に入ってきてます。

日米を合わせた成長率の平均は、上場2年前が+96%、上場1年前が+63%、上場年度が+54%になっているので、一つの目安として考えても良いかもしれません。

日米SaaS各社の上場年度から遡った原価率と販管費率の推移

上場年度の原価率が低い企業トップ3は、AI inside(7.7%)、カナミックネットワーク(10.7%)、ユーザーローカル(11.3%)と日本企業が占めているので、内訳を参考にしてみると良いかもしれません。

日米を合わせた原価率の平均は、上場2年前が34%、上場1年前が31%、上場年度が29%と、毎年平均2、3ポイントほど下がっています。


原価率とは反対に販管費率は米企業が高い傾向にあり、上場年度の販管費率トップ3は、Slack(178%)、Domo(166%)、Asana(165%)で、売上の1.5倍以上の金額を販管費に費やしていることになります。

日米を合わせた販管費率の平均は、上場2年前が109%、上場1年前が95%、上場年度が91%となっています。販管費は原価よりも比較的カットしやすく、販管費さえカットすれば、SaaS企業はいつでも黒字化できると言われることがありますが、市場シェアをいち早く取りに行くために、簡単には下げにくいのが現状かもしれません。


上場年度における販管費あたりの売上増加額が高かったのは、フィードフォース(1.4倍)、AI inside(1.1倍)、スマレジ(0.8倍)、ユーザベース(0.8倍)、チームスピリット(0.7倍)で日本企業が占めていて、比較的効率良く販管費を売上増加に結びつけているようです。

S&M比率の各社推移

S&M比率を見ると、Domo、Snowflake、freeeが早い段階から売上を超えるS&Mコストを使って、スピーディにシェア拡大を狙っていたと推測できます。

日米を合わせたS&M比率の平均は、上場2年前が64%、上場1年前が58%、上場年度が54%となっています。


上場年度におけるS&Mコストあたりの売上増加額は、前述の通り、AI insideが非常に高いですが、それ以降はTwilio(1.7倍)、SendGrid(1.1倍)、Datadog(1.1倍)などの米企業が続いています。

グローバルレベルのR&D投資(Slack、Dropbox)

R&D比率については、Slack、Dropbox、Asana、Domo、Unityなど、上場年度で50%を超えている企業もあります。日本よりもエンジニアの人件費が高いことも要因として考えられますが、プロダクト開発に対して特に積極的な企業と考えられます。

SlackとDropboxは上場年度にR&D比率を20ポイント以上増やしていて、更なる成長のために、新機能・新サービスやセキュリティ強化などの開発に取り組もうとしていたのかもしれません。この年度にどのような機能リリースがあったか調べてみると面白そうです。

日米を合わせたR&D比率の平均は、上場2年前が38%、上場1年前が31%、上場年度が31%となっています。

G&A比率の各社推移

G&A比率について、上場年度や1年前に上昇している企業が複数社ありますが、上場による管理コストの増加が考えられそうです。日米を合わせたR&D比率の平均は、上場2年前が22%、上場1年前が22%、上場年度が23%となっています。

S&M率・R&D率・G&A率によるSaaS企業の類似クラスタリング

続いて、上場年度から遡った年度別のS&M率、R&D率、G&A率を使い、類似するSaaS企業をクラスタリングしました(ユークリッド距離×Ward法によってクラスタリングしました)。

上図は上場年度から2年前の数字を使った時の樹形図(デンドログラム )です。
大まかな見方として、枝が近い企業ほど、今回の指標における類似度が高いことになります。(枝分かれしている部分を起点として、縦の長さが短いほど企業間の距離が近く、縦の長さが長いほど企業間の距離が遠いことになります。)
具体的には、以下の企業を類似クラスタとして考えます。

クラスタ1:Domo、freee、Snowflake
クラスタ2:Sprout Social、Elastic、・・・、Crowdstrike、Mongodb
クラスタ3:Sumo Logic、Tenable、・・・、Anaplan、DocuSign

それぞれの企業を3次元にプロットすると、以下のように同じクラスタ同士の企業が近くに固まっている様子が分かります。

クラスタ1は全体的にコスト比率が高いですが、特にS&M率とR&D率が高くなっています。上場前から、機能拡充などプロダクト開発を推し進めつつ、S&Mコストもかけて市場を素早く開拓していこうとしたタイプのようです。


続いて、下図は上場年度から1年前における類似クラスタリングになります。

クラスタ1:Domo、Snowflake、Asana
クラスタ2:Cloudflare、PagerDuty、・・・、Smartsheet、Sumo Logic
クラスタ3:Yappli、Zoom、・・・、Elastic、Sprout Social

上場年度2年前のものと比べると、同じクラスタでもバラつきがやや大きいですが、クラスタ1は全てのコスト比率が高いクラスタになっています。
1年前と異なるのは、freeeがクラスタ2(S&M率とR&D率が中間、G&A率が中間〜高い比率のクラスタ)に移り、代わりにAsanaが入ってきている点です。

最後に、以下の図が上場年度における類似クラスタリングです。

クラスタ1:Slack、Domo、・・・、Cloudflare、PagerDuty
クラスタ2:Dropbox、Bill.com、・・・、AI inside、SendGrid
クラスタ3:Zuora、PLAID(プレイド)、・・・、Smartsheet、Sumo Logic

クラスタ1は、全てのコストが中間〜高い比率になっているクラスタで、上場を機に全体的な底上げをして、成長を狙おうとしているクラスタと言えるかもしれません。

クラスタ2は、AI inside、Unity、Twilio、DropboxなどS&M比率が低い点が特徴的なクラスタです。

クラスタ3は、全体的にコスト比率が低〜中間的になっているクラスタで、freee、プレイド、Yappli(ヤプリ)が入っています。freeeはもともとS&M率とR&D率が高いクラスタに属していましたが、上場によってコスト配分をだいぶ意識してコントロールしていると考えられます。

それぞれのクラスタの特徴を以下の表にまとめました。

他にも売上成長率(成長性)、EBITDA率(収益性)、自己資本比率(安全性)によるSaaS企業のクラスタリングもnoteに書いてますので、ご興味ある方は是非ご覧ください。

S&M率・R&D率・G&A率と売上成長率との相関

S&M率・R&D率・G&A率と売上成長率との相関を調べてみました。なお、AI insideの売上成長率は非常に高いため、今回の相関分析には含めませんでした。

各コスト比率を横軸、売上成長率を縦軸にプロットすると、いずれもそこまで高い相関はなさそうでしたが、やはりS&M率が増えると、売上成長率も高くなる傾向がありそうです。
R&D率は特に相関がなさそうですが、R&D投資がすぐに売上成長に結びつかないことを示唆しているのかもしれません。

G&A率ですが、上場年度2年前と1年前ではG&A率と売上成長率との間にわずかに正の相関がありますが、上場年度では負の相関になっている点が興味深いです。上場前は成長に伴いG&A率も増えるため、売上成長と相関があるように見えるだけで、本質的にはG&A率を増やしても売上成長率は増えないということを示しているように考えられます。

原価率・販管費率・売上成長率との関係性

最後に原価率・販管費率・売上成長率との間の相関を調べました。上場年度2年前と1年前においては、AI insideとマネーフォワードを含めず、上場年度においてはAI insideのみ含めていません。

原価率と売上成長率との間には相関はほとんどありませんが、販管費率と売上成長率との間には弱い正の相関関係がありそうです。また、原価率と販管費率との間にも負の相関関係があるように見えます。

上場年度における原価率と販管費率のグラフ(一番右下のグラフ)を見ると、日本企業(赤丸)は原価率が高く、販管費率が低くなっていますが、米企業(青丸)は原価率が低く、販管費率が高い傾向があります。米SaaS企業は原価を低く抑え、少しでも多くの販管費を捻出することで売上成長率の向上につなげているようにも感じられます。

調査対象の企業リスト

最後に

長文を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

日米上場SaaS企業の売上規模・成長率やS&M率・R&D率・G&A率といったコスト比較を行いました。また、コスト比率によって類似する日米SaaS企業をクラスタリングしてみました。

コスト比率でクラスタリングすることで各SaaS企業が日米市場でどのようなポジショニングを取っているか分かりやすくなります。また、似たコストの掛け方でも成長率が異なる要因を調べてみたりしても面白そうです。

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